マネジャーには拒否権があります。

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マネジャーには拒否権があります。

「さあ、練習練習。」  咲良が手を叩いた。習志野との練習試合は週末だ。それまで出来る限りの準備をしなくては。部員たちはグラウンドに散会した。愛菜もその後に続こうとすると、咲良が呼び止める。 「愛菜ちゃん。何処行くの?愛菜ちゃんはこっちよ。」 「なんですか?」 「私たちはマネージャーなんだから、マネージャーの仕事があるでしょ。」 「・・・・・はい。」  本当はネットにアップする予定の越前の動画を撮影したいのだが、それが出来ないのが新参者の辛い所だ。まあ、おいおいこの宮脇咲良は絶対に野球部から追い出してやるとして、今は隠忍自重の時だと自らに言い聞かせ、愛菜は咲良の後を付いて行った。向かったのは手洗い場である。 「なんですか?ここで何するんですか?」 「ちょっと待っててね。今、持ってくるから。」  咲良は愛菜をその場で待たせて、部室に入って行く。 「チッ。なんだよ。」  愛菜は舌打ちして、そう呟いた。咲良はすぐに部室から出てきたので、慌てて居ずまいを正す。咲良は盥に汚れたユニフォームを山ほど積み上げて戻って来た。 「じゃ、取りあえず、これをお願い出来るかな?」  咲良は愛菜に強引に盥とユニフォームを突き付けた。 「なんですか、これ?」 「洗ってくれる?」 「嫌です。」  愛菜は全く考える間もなく、0,1秒で即答した。これには咲良も面食らった。 「な、なんなの。嫌ですってどういう事?」 「何で愛菜がそんな事やらないといけないんですか?」 「何でって・・・・・・だって、マネージャーになりたいんでしょ?」 「えっ!マネージャーってそんな事やらないといけないんですか!」  愛菜は素っ頓狂な声を出した。愛菜は越前の傍に居て、仲良くなっておしゃべりして試合を応援するのが、マネージャーの仕事だと思っていたのだが、咲良は愛菜に雑用を押し付けようとしている様だ。 「マネージャーなんだから、雑用全般こなして貰わないと。」 「・・・・・・。そんなの、手で洗う事ないじゃないですか。洗濯機に放り込んで洗剤入れれば良いんです。」 「勿論、洗濯機で洗うけど、洗う前に汚れをブラシで擦って落とさないと、汚れが落ちないよ。」 「・・・・・・・・。」  咲良の尤もな意見に、愛菜は沈黙した。 「じゃあ、はい。これね。」  咲良は愛菜に強引に盥とユニフォーム、ブラシを押し付ける。 「く、臭いです。」  愛菜は悲鳴に似た叫びを上げる。咲良は笑って言った。 「汗臭いのは、それだけ練習した証拠。臭ければ臭い程、甲子園に近づくんだよ。」 「・・・・・・・・。」 「それじゃあ、私はご飯の支度をするから、ここはお願いね。」  咲良は後事を託して去っていった。愛菜は憎しみを込めて後ろ姿を見送る。咲良は未だ芦田愛菜という毒虫のとんでもなさに気付いてはいなかった。  愛菜は咲良が居なくなるのを見計らって、グラウンドに向かう。標的は既に目を付けてあった。愛菜はグラウンドの端で素振りをする石井昭寛会長の元へ向かう。 「ちょっと、ねえ。」 「・・・・・・。」  会長は一心不乱に素振りをしているので、愛菜には気付かない。その事に愛菜はブチギレた。 「おい。シカトするな!」  怒気を含んだ声に、石井は愛菜に話し掛けられている事にようやく気付いた。 「わっ!ビックリした。芦田さんか。何?」 「何じゃねえだろ。話し掛けられたら返事ぐらいしろ。糞ウジ虫が!」  石井は愛菜の口の悪さにビックリした。こんなに毒々しい口の利き方をする人間と会ったのは初めてである。石井は恐怖を覚えた。 「ゴ、ゴメンよ。気付かなかったんだ。」  愛菜はチッと舌打ちすると、石井を手招きする。 「ちょっとちょっと。」 「な、何?」 「ちょっと付いてきて。」  怯える石井を愛菜は小突きながら、手洗い場に連れて行った。 「これ、お願いね。」 「な、何が?」 「ここにあるユニフォームの汚れを水洗いして、ブラシで汚れを落とすの。そうしたら洗濯機に放り込んで。宜しくね。」  愛菜は一方的に言い放つと、グラウンドに向かおうとする。慌てて石井は愛菜を呼び止める。 「あ、あの、芦田さん?」 「何。」 「な、なんで僕が、ユニフォームの洗濯をしないといけないの?マネージャーの仕事じゃないか。」  石井に問い詰められた愛菜は開き直って言った。 「あのね、マネージャーは奴隷じゃないの。拒否権があるの。」
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