パルム買って来い!

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パルム買って来い!

「きょ、拒否権って何?」 「嫌な仕事はやりたくないって言えば、やらなくても良いの。愛菜は爪がこれだから出来ないでしょ。だから、拒否権を発動するの。」  自らのネイルを施した長い爪を示して言った。 「・・・・・な、なんで爪を切らないの?マネージャーなんだからそんな爪は切った方が良いんじゃない?」 「愛菜は病気だから爪が切れないの。」 「な、なんの病気?」 「・・・・・・爪を切ると一週間以内に死んでしまう病気。」 「は、な、何?」 「だから、爪切り七日病なの!」 「な、何を言ってるの?爪切り七日病なんて病気、聞いた事もないよ。」 「世界で愛菜だけの超希少な病なの!」 「なんで爪を切るだけで死んじゃうの?可笑しいじゃないか。」 「爪を切るとお洒落が出来なくなるでしょ。それで七日以内にショック死しちゃうの。愛菜のおばあちゃんはそれで死んじゃったんだよ。だから爪は絶対に切れないの。」 「そんなの可笑しいよ。」 「じゃあ、何?あなたは愛菜が死んでも良いって思ってるの。自分の部活のマネージャーが病気で困っているのにまさか、手を貸さないつもりじゃないよね。手伝ってくれても良いでしょ!この前の球技大会見てたけど、あなた出てなかったじゃない。控えなんでしょ!控えならレギュラーの為に身を粉にして働くのが筋でしょ!」 「だって・・・僕だって練習しないと・・・・・。」 「あんたなんて練習しても無駄!だから部員の為に洗濯しなさい。」 「・・・・・。分かったよ。」  石井は愛菜の言葉に心を折られ、力なくしゃがみ込んでユニフォームの汚れをブラシで擦り始めた。愛菜はその様子を満足そうに腕組みして見守る。 「そうそう。初めから素直にやってくれれば良いんだよ。あと、宜しくね。」  愛菜は石井に洗濯を任せ、グラウンドに向かった。途中、王志明と行違った。 「あっ、ちょっと。」 「なんでスか?」 「何処行くの?」 「ドリンクを取りに行くデす。」  王は部室の方を指差す。 「ついでにパルム買ってきて。」 「は?パルムって何ですカ?」 「パルム知らないの?これだから中国人は。」 「台湾人です。」  些かムッとして王は言った。だが、愛菜は王の感情を全く勘案しない。 「パルムっていうのは、チョコレートでコーティングされたバニラアイス。まあ、中国人では食べられない高級なアイスなの。分かる?」 「あっ、ああ。分かります。中国人は食べられないかも知れませんが、台湾人は普通に食べてマす。」 「そうなんだ。ふ~ん。じゃあ、それ一個買ってきてくれる?」 「は?買ってくる?僕ガ?何で?自分で買いに行けば宜しいのデハ?」 「自分で行くのが面倒くさいから頼んでいるんでしょ!」  愛菜はイライラして憤る。 「僕だって同じデすよ。何で練習中にマネージャーのアイス買いにイかなくちゃならないのですか。練習終わりにあなたが皆の分のアイスを買いに行くべきなのデは?」  正論であった。だが、無法者の愛菜には正論は通用しなかった。 「なんなの、あなた。何様のつもり?言う事聞かないと後悔するよ。」 「後悔?何の?」  訳が分からない王。愛菜は捲し立てる。 「私はオルデン神父の姪だよ。いいの?そういう態度取って。」 「????」  オルデン神父というのはこの「聖ミカエル青春学園」の学園長でもあり、教会の責任者でもあり、最高統括者である。愛菜はそのオルデン神父の姪であると言う。 「私、以前から神父様に言われてるんだよね。ミカエルに素行不良な者がいるようだったら、教えてくれって。」 「素行不良?どういう意味デすか?」 「態度や行いが悪いって事。」 「それ、あなたの事でス。」  そう言って笑う王の足を愛菜は間髪入れず蹴り上げた。 「ギャッ!痛い。何するんでスか。」 「五月蠅い。愛菜に反抗的な態度を取ると、不法入国者は日本から追い出すよ。」 「だから私は台湾人です。中国人じゃなイ!」 「だからじゃない!早くパルム買ってきて!」 「・・・・・・・。」  駄目だ。この人には何を言っても通用しない。王は不承不承、愛菜の命令に従う事にした。従わないとオルデン神父に何を吹き込まれるか分からないという不安があった。 「分かりました。勝ってきまス・・・・。」  王は愛菜に手を差し出した。 「何よ。この手は?」 「買ってきますから、お金・・・・・。」  遠慮がちに言う王を愛菜は一喝する。 「あなた、女からお金を取るつもりなの?それでも男なの?男だったらパルムの一つや二つ奢って当たり前でしょうが!」 「・・・・・・。そんな、不条理・・・・。」 「あんた馬鹿?この世は不条理なのが当たり前でしょうが。早く買いに行けよ!」 「日本人の女がこんなに酷いとは思わなかったでス・・・・・。」  王はぶつくさと愛菜への非難を呟きながら、仕方なく近くのコンビニに向かう。愛菜はそれを見送りながら、鼻歌交じりに越前の元へ向かった。
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