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露呈した悪事
咲良は部室で練習の合間に部員が食す軽食の準備を終えると、手洗い場の愛菜の元へ向かう。だが、そこに居たのは石井会長であった。半べそをかきながらブラシでユニフォームの汚れを落としていた。
「あれ、会長?ここで何をやってるんです?練習は?」
「宮脇さん・・・・・。芦田さんが酷いんだ。」
「酷い?愛菜ちゃんは何処へ行ったんですか?」
「分からない。グラウンドだと思うよ。」
「・・・・・・。なんで会長が洗濯してるんです?」
「芦田さんが、僕は控えなんだからレギュラーの為に洗濯するのは当たり前だって。」
石井は咲良に愛菜の非道ぶりを半泣きの状態で痛切に訴えた。
「あの野郎め。なんて子なの・・・・・。」
咲良が怒りに震えている所に、丁度、王が帰って来た。
「王君、何やってるの。練習は?」
「・・・・・・アイスを買いに行ってマシた。」
「練習中でしょうが。」
「あの芦田ってマネージャーがパルムを買って来いって・・・・・。」
王は白い眼をして言った。
「そんなの、自分で行かせればいいでしょ。なんで甘い顔するの。ギャルが好きなの?」
「好きな訳ないでしょ!日本のギャルは怖イ。」
「何が怖いの?」
「言う事聞かないと、私の事を神父様に言いつけるって言うんです。不法入国だっテ。」
「何それ?」
石井と王は愛菜のろくでもなさを咲良に訴えた。
「何て奴なの。あの子は。性悪な。」
咲良は愛菜の言動が許せない。それは石井も王も同じだ。
「僕は人一倍練習しないといけないのに、芦田さんの雑用までさせられたら、練習にならないよ。」
「芦田さんは酷い人です。悪い人。まるでヤクザでス。」
3人の意見は一致した。
「分かった。出て行って貰う。」
咲良は決然と言い、2人を引き連れてグラウンドに向かった。
愛菜はグラウンドで越前に張り付き、ピッチングを動画で撮影している。そこへ咲良を先頭に石井・王がやってきた。
「あっ、やっと来た。遅い。パルム買って来た?」
愛菜は王の顔を見るなり、そう切り出した。
「愛菜ちゃん、なんで王君にパルムを買いに行かせるの。自分で買いに行けばいいでしょ。練習の最中だよ。どういうつもりなの。」
咲良の追及に愛菜は悪びれる事無く言った。
「違うんですよ。誤解です。」
「誤解?」
「その中国人が愛菜の事を口説いてきて、パルムを奢ってやるって言ったから、折角だから買ってきて貰おうかなって。」
咲良は王の顔を見た。王は小声で咲良に耳打ちする。
「出鱈目です。とんんでもない嘘つきでス。」
どっちが本当の事を言ってるのか?王の肩を持ちたいところだが、ここは慎重に審議しなくてはならない。
「それじゃあ、何故、洗濯を石井会長にやらせたの?あなたが頼んだよね。」
「それは石井会長が、私に爪が長いと大変だろうって言って、自ら買って出てくれたんです。」
愛菜は涼しい顔である。咲良は前もって2人から話を聞いていたのだが、これはもしかすると愛菜の言っている事が正しいのではないかと錯覚させる程、堂々と嘘を言ってのける愛菜に咲良は舌を捲いた。なんなのだ、この子は。
「嘘を言いなさい。あなたが2人を脅して、雑用をやらせたんでしょ。」
「違います。2人が率先してやってくれたんです。愛菜がやらせたって言うんだったら、証拠を見せて下さい。」
「王君と石井会長の証言が証拠でしょうが。」
すると愛菜は手を挙げて、咲良を制した。
「異議あり。2人は愛菜に色目を使ってアプローチを掛けてきた。それに愛菜が応じなかったんで、復讐の為に虚偽の証言をしています。証拠能力はありません。」
「あなたねえ。いい加減にしなさい。」
反省の色を為さない愛菜に、咲良は怒りを露わにした。グラウンドに散っていた部員たちが皆、集まって来る。
「なんだ、なんだ。どうした?」
桃太郎が割って入った。
「皆さん。聞いて下さい。この3人が愛菜を陥れようとするんです。」
愛菜が部員皆に、事の顛末を説明した。それは愛菜の主張に沿った出鱈目の説明であった。
「違う違う。この子はとんでもない子なの。真実はこうよ。」
咲良は慌てて、王と石井に聞いた事の顛末を皆に話す。
「なんだ、話が大分、食い違ってるな。」
蛭田修一郎が困惑気味に口を開いた。
「本当の所はどうなんだい?」
不破は王と石井に訊ねた。2人は咲良の主張に沿った証言をした。
「ほら、聞いたでしょ。私達が言ってることが本当なの。」
咲良は皆にそう訴えたが、異を唱えたのは結城桃太郎である。
「いやいや、この2人の言っている事は分からねえよ。芦田に振られて、根に持っているのかも知れねえし。」
桃太郎は愛菜の肩を持った。咲良は桃太郎は愛菜に気があるのではと訝しんだ。
「まあ、その可能性は無いとは思うが、0パーセントではないな。」
黒田は冷静に両者の言い分を聞いて、一方的な判断をするのを戒める。
「どうするんすか、部長。」
越前が手塚に裁断を求めた。咲良も愛菜も緊張する。手塚は静かに言った。
「両者の言い分は分かった。双方の言い分には共に決定力が欠けている。俺はどちらの肩も持たない。両者とも今後は誤解を招かない行動を取って欲しい。」
満面の笑みを浮かべる愛菜に対して、咲良の表情にはありありと失望の色が見て取れた。手塚君は自分のいう事を信じてくれると思い込んでいただけに、ショックの色は大きい。だが、仕方ない。手塚君は公平にモノを見る人なのだと思い直した。悔しさを押し殺し、咲良は愛菜に話し掛けた。
「それじゃあ、愛菜ちゃん。洗濯の続きをお願いね。」
「嫌です。」
「は?」
咲良初め野球部全員が唖然として愛菜を見る。
「どういう事?」
「愛菜には動画を撮って、ユーチューブにアップするという大事な仕事があるんです。会長にやらせるか、先輩がやって下さい。」
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