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「お、俺、共犯じゃねぇからな。そこだけちゃんと覚えとけよな」  粗暴な割に小心な千秋は、白目を剥く老婆の死に顔に少なからず怯えている様だ。  ちょっと気合入れてやんなきゃ……  彩音は、夜の交わりに誘う時と同じ要領で彼の頬を撫で、耳元へ甘く囁く。 「ねぇ、千秋、一蓮托生っての、知ってるかなぁ?」 「え?」 「ウフッ、あたしが捕まる時はね、あんた、地獄まで道連れにしちゃうって事」 「……マジ?」  棒立ちになる千秋を促し、事件の発覚を遅らせる為、老婆を隠そうとした時、 「ごめん下さ~い。あの、お店、もうやってますかぁ?」  未だに薄暗い店外から子供の澄んだ声が聞こえる。 「やべっ、客かよ!?」  すがる眼差しで千秋は彩音を見た。 「落ち着きな。一人みたいだし、追い返せば良いじゃん」 「裏口から逃げた方が」 「車、表に止めっパなんだよ。置いて逃げたら、ソッコ~捕まる」  顔面蒼白の千秋が頭を抱える内、又、外から焦れた声がする。 「あのぉ、中に入って良いですか?」 「あ、ちょっと待って下さ~い。今、お店を開ける準備してますから」  似合わない猫撫で声で彩音は答え、その目配せで、千秋はトイレへ逃げ込む。  問題なのは老婆の始末だ。  店から死角になる仕切りの奥へ押込み、覆い隠す位置へスツールを動かして、その上へ腰を下ろしてみる。  タイミングは、まさに間一髪だった。 「もう良い?」  その声と同時に引き戸が開き、小学三年生くらいの少年が中を覗き込んでくる。  白いキャップを被り、白の開襟シャツと半ズボン。クリッとした両の瞳で、ニッコリ笑う顔があどけなく見えた。  可愛いが平凡だ。何処にでもいる顔。だからこその既視感。  前に何処かで会った様な、そんな感覚が彩音の胸を微かによぎる。 「あ~、やっと見つけた。ここ、噂通りですね。早起きして良かった」 「噂?」 「ハイ、不思議な駄菓子屋の噂。お姉さん、知りませんか」 「……知らない」 「遅れてるなぁ。動画やアニメにもなってるのに」  少年は目を輝かせ、店内を見回す。  カウンターの奥を覗かれそうになり、彩音は言葉で牽制した。 「ンじゃ教えてよ、君が知ってる噂の事」  少年は思案顔で立ち止まる。  内心、彩音は安堵した。  しかし、時折り背後から軋み音がし、そっちも気になって仕方ない。トイレに潜む千秋がドアを薄く開き、店の様子を伺っているらしい。 「この世にはね、運の悪い人しか辿り着けない駄菓子屋があるの」  少年は屈託なく語り出した。 「霧の日の朝、メッチャ不運な人の前に真っ白い猫が現れ、不思議なお店へ連れて行く。そこには、運命を変える不思議なお菓子があるんだ」 「あ~、それ、ここと違うじゃん」  彩音はすかさず言う。 「だってホラ、店にはうまいぼうとかラムネとか、今時、コンビニでも売ってる奴しかないもん」 「ん~、それはどうかなぁ?」  少年は鼻歌交じりに、ガラス戸の手前まで行く。何をするかと思ったら、冷蔵庫を開き、中から飲み物の瓶を取り出した。 「……只のコーラじゃん」 「只の、じゃないよ。ラベルを良く見て」 「え? ヘクシコーラ?」  悪戯っぽく笑った少年が、代金の硬貨を冷蔵庫の上に置き、一口飲む。 「ペプシでしょ? 字、間違ってるみたい」 「い~え、二文字違いが大違い。正確にはヘックシコーラ」 「はぁ?」 「飲んで少し経つと、成分が効いてきて」  ヘックシ!   大きな身振りで少年がクシャミする。 「ホラ、ドリフがコントでやるクシャミ、アレにそっくりでしょ」 「はぁっ!?」 「このコーラを飲むと必ず変なくしゃみが出る。そして、どれほどツイてなくても、明るい気持ちになれるんだよ」  確かに少年は清々しい表情を浮かべているが、彩音は内心白けていた。  クシャミが不運からの逃げ道?  バカバカしい。彩音もドリフは大好きだ。BSの再放送で見てハマった口だけど、それはそれ。  ムショ行きかどうかの瀬戸際で、ガキの妄想ごっこに付き合っていられない。    だが、追い出そうとする彩音の意図を、少年は強く拒絶した。 「今日、登校日でさ。学校へ行く途中に白猫を見つけて……追いかけるの、大変だったんだよ。お店に入れた時、どんなに嬉しかったか」 「でも、変なコーラ飲んで、気が済んだでしょ?」 「い~え、一度、店を出たら最後、もう二度とここへ来られないもん」 「それも噂の受け売り?」 「一生に一度しか入れない店なの。そして、店での行い次第じゃ、元の世界へ戻れなくなるかも知れない」  呟く少年の表情は、そこはかとない憂いに満ちている。 「戻れなくても良いんだ、僕。いつもの毎日に飽き飽きしてたから、このお店、探したんだもん」 「つまり、君もツイてない口?」  少年は無言で頷いた。 「学校で虐められてる、みたいな?」 「……僕がいなくたって、教室の誰も困らないのは確かだよ」  少年の遠い眼差しは何処か大人びており、先程までのあどけなさが嘘の様だ。    何処かで見た顔。改めて彩音は、そう感じた。  何処だっけ? 何時だっけ?  細部が思い出せず、苛立つ彩音の顔を、逆に少年が覗き込む。 「ねぇ、もしかして、お姉さんもそうだったんじゃない?」 「……どういう意味よ?」 「只、見てて、そんな気がしただけ」  少年の開襟シャツが、ふと、白いワンピースを風に靡かせる幼い少女の姿と重なって見えた。  あれは昔、彩音が着ていた服だ。  面倒臭がりの母さんがまとめ買いし、勝手に着替えな、とプラスティックの衣装ケースへ押し込んだ品。  だとすると……デジャブの正体は自ずと明らかになる。  あの頃、狭いアパートへ取り残され、退屈紛れで覗く鏡の中の顔と、少年の面持ちは何処となく似ているのだ。
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