(光)

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(光)

 モテなかったわけじゃないが、俺はずっと独身を通していた。一途に思い続け長く付き合っていた女性にプロポーズしたのはちょうど海外赴任になったとき。でも彼女は自分の仕事が面白くて辞められないと言った。  そのことを、実は人知れずチャレンジにかけた。覆らなかったことで、それは俺のわがままだったとわかった。そのまますれ違いが続き自然消滅。  チャレンジ権は、もうあと一回しかなくなった。  遠く日本を離れた中で、生活でも仕事でも馴染めなかったり辛かったこともあった。何度も使おうかどうしようか悩んだ。  けれど、そのラスト一回は俺の切り札だ。桐の箱に収めシルクの布で包み神棚に預けるかの如く、大事に温め続けた。  それから長い長い時間が経った。  海外赴任から日本へ戻り、現場ではなく、若い者を取りまとめる立場の管理職になった。それは、バリバリやっていた頃と違って夢中になれる仕事ではない。張りのある毎日とは言えなかった。  そんなある日、俺は気づくと病院のベッドにいた。急に意識がなくなったらしく、どこで倒れてどうなったのかさっぱりだ。  ベッド横に紗矢がいる。何度瞬いても消えず、不思議だった。 「久しぶり」 「お、おう……?」 「家に帰ってきたら目の前で倒れられてビックリしたわ。何なのよ」 「うん……?」  婚期を逃し熟年に差し掛かった俺に、家族はいない。  だから俺は、医者から直接宣告を受けた。手術が必要だがそれも多少の延命にしかならないと。  そして、やはり家族がいないという紗矢が毎日見舞いに来た。 「暇なのよ。あんたの見舞いに来るくらいしかやることがなくてね」  ケラケラと昔から変わらない、軽いノリ。でも、窓から親子連れが見えるとふと言葉を失ったりする。 「夫とは価値観の違いで別れちゃったの。娘と暮らせないのが本当に心残り」  ちらっと落ちた光るもの――、外に顔を向けていた紗矢のそれが、俺から見えたのは気のせいか。  俺は決めた。どうせ残り少ない人生だ。使わないまま流してしまうくらいなら、早々と使い切った紗矢の方が正しかったのかもしれない。そう思ったから。
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