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2022.11.17 - 佐藤の誕生日◀︎'24.8.19 / 再掲
〈'24/8/18まで本編1部の☆特典で表示していたものを移動・再掲〉
俺は今、目の前の幸せを噛み締めている────
汐見と同居……ちがった、同棲生活を開始して1ヶ月半が経過。
今日は俺の誕生日だ。
思えば片想い期間が長すぎた……7年半だぞ?! 俺ともあろう者が……いやまぁ、相手があの汐見だからな。
そもそもの話だが、男同士だからとか、親友だからという理由で俺が直接何も行動に移さなかったことが原因だし、今考えるとあの状況では仕方なかった。
とりあえず今日は週末休み前の平日だが、俺は今、会社から直帰している。
汐見が出向という形で別会社になり、同僚とは言い難くなったが、汐見と一緒に暮らしてみてわかったことが結構ある。
走るのは早朝だと聞いていたから朝に強いのかと思ったらそうでもないこと。
寝起きはさらに目つきが悪くなること。
本人が見えにくいところに寝癖がつくこと。
それを直すため、起床直後から蒸しタオルを頭全面に被ること。
酒を飲まなくても寝つきは悪くないし寝相も悪くはないのに、どうしたらそうなるんだという方向に捻じ曲がった寝癖がつくこと。
夜の筋トレは欠かさないが、朝ランは前日早めに帰った時だけにしていること。
転職したばかりの会社で残業続きのおかげで体脂肪率が最近増えたと嘆いていること。などなど。
デスクワークの癖になんでそんなに鍛えてるんだと聞いたところ「腰痛防止と贅肉予防」ということらしい。
見た感じ、そんな風には見えなかったから意外だと思ったら
「磯永の前にいた新卒で入ったブラック会社で、体重が半年で10kg以上増えて元に戻すのに時間がかかった。ストレスでドカ食いする癖がついてたから生活習慣を変えるのも一苦労だったし、何より、リバウンドしたくない」とのこと。
確かに、俺よりも肉付きが良い汐見は筋肉の上に適度に脂肪が乗っているため肌に張りがあり、弾力もあって触り心地は抜群だ。
ただでさえダイナマイトボディなのに、俺みたいな男が寄ってくるだろう、と心配で仕方ない。
本人にそう伝えると「お前みたいな特殊性癖のやつがそうそういるかよ。つか、なんで心配するのは同性なんだ」と、笑い飛ばされた。
(いや、いるんだって!)と心の中で盛大に突っ込んだ。
初めて一緒にミックスバーに行った時、店内の客全員がお前の身体のラインを舐めるように見てたの、気づかなかったのか?! と問い正しかったが、汐見が無自覚な方が悪い虫を寄せ付けないだろうと思った俺は、言わないでおくことにした。
面と向かって告白されない限り、汐見は好意に気づかないからな。
しかし、あの時の他の連中の顔ときたら……まぁ、それはいいか。
今夜のメニューはもうすでに決まっている。
汐見の好物のローストビーフは3日前から仕込んで今日が食べごろだし、前菜のサラダ2種もカボチャを潰したスープの仕込みも万全だ。
少し上等な辛口の赤ワインも用意したし、バースデーケーキは行きつけの洋菓子店で特別に砂糖控えめにしてもらった。
ん? 俺の誕生日なのになんで俺が用意するのかって? 決まってる。
今日は俺自身の誕生日であると共に<春風>が汐見の前に現れる前にいい雰囲気だった誕生日のやり直しでもあるからだ!
時を戻すことは不可能だ。
だからこそあの日できなかったことをやり直す。
今日をバースデーリベンジの日にするんだ!
俺は鼻息荒く、自分のマンション=汐見との愛の巣に帰ってきた。
お昼頃、先に帰ってる、とLIMEで連絡があったのに
「あれ? 汐見?」
マンションのオートロックパネルで部屋のインターホンを呼び出しても応答がない。
「え? なんで? さっきLIMEで……」
嫌な予感がした俺は、オートロックキーを解除しつつLIMEの通話ボタンを押す。
すると数秒後
『んぁ……佐藤?!』
(あぁ……よかった。 なんだ、寝てただけか……)
「帰ってるよな? インターホンに返事がないから」
『あ〜……すまん! 佐藤! 今、会社で……』
「へっ?!」
『いや、午後上がりで帰ってたんだ。 ただ、その後にサーバーダウンで飛んだデータの復旧で呼び出されて……』
俺は何かが萎んでいく音を聞きながら、汐見が今の会社で重用されていて嬉しい、誇らしい、さすが俺の汐見、と思いつつ
(今日くらい俺を優先してくれてもよかったんじゃないか……)
若干恨めしく思った。
「そ、っか……何時くらいに帰れそうなんだ?」
『それが…………』
もう想像がつく。その先の言葉を聞きたくなかった俺は
「あ、いや、いい。 仕事なんだから仕方ないよな。 気をつけて帰って来いよ?」
無理に明るい声で取り繕った。
『あ! おい! 佐藤!』
「帰る前に連絡くれよな」
『佐藤! すまんッ!!』
仕事の虫だし、転職したばかりで環境に馴染もうと必死になってる汐見に水を差すようなことは言いたくない。
たとえ恋人同士になったとしても、汐見の境界を越えるのは御法度だと思ってる。
(汐見もそう思ってるはずだしな……)
その境界線が、親友を超えても踏み込むことが出来ない事実に凹みながら俺は今日のディナーメニューを考えていた。
部屋に入ると、ディナーの大半は冷蔵庫内にタッパーで保存されていて、ほぼそれを温めるだけで良い状態だ。
(温めるのは汐見が帰ってきてから……)
一抹の淋しさを感じつつ、でも気を取り直した俺は、風呂に入ってから、リビングでくつろぐ体勢に入った。
今日は通常の金曜日の夜だ。
同じ建物内で勤められなくなった俺は、汐見と居られる時間を最大限に増やそうと、最近は金曜日の飲み会もあまり行かなくなった。汐見にはそれは行って来い、と言われているが──全然気乗りしなくて。
(俺の世界に汐見だけで、汐見の世界に俺だけが居られればいいのに……)
汐見と両想いになってからというもの、そんな思考が日常的に俺の頭を支配している。あまり良くない傾向だとは思うが、これが依存なんだろうか──
リビングのソファに座り、金曜夜のバラエティ番組を見るとはなしに見ていた。
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