愛が見つめるその先に。

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 ***  彼は、小学生くらいの年齢に見えた。十二歳くらいだろうか。Tシャツに半パン、やや茶色がかった銀髪に白い肌。それから青い目という、あまり日本人らしからぬ顔立ちである。流暢な日本語をしゃべっていたので、多分日本語は通じるのだろうが。 「な、ななな、なんで、どうやってこの部屋入ったの?」  私が玄関で立ち尽くしていると、彼はカーテンが開いたままの窓を触って言った。 「こっから」 「窓!?」 「不用心すぎ。窓の鍵開いてたから、普通に上から入ったぜ。排水管伝って登ればヨユーだったわ」 「ふふふふふ不法侵入!不法侵入っていうのよそれは!!」  け、警察、と思いかけて止まる。  もし彼が大人だったなら迷わず通報しただろう。しかし、彼はまだ小学生程度の子供に見える。下手におまわりさんに連絡して騒ぎになったら、ちょっと可哀想なことになるのではないか。  いや、まあ、正直――というかかなり横柄な態度であるけれど。可愛げはないとは思うけれど。  結局一般企業に就職したとはいえ、これでも大学時代は小学校の先生を目指して勉強していた頃もあったのだ。塾のアルバイトで子供たちの面倒を見ていたこともある。子供自体がキライなわけではないし、安易な選択を躊躇ってしまうのも仕方ないことではあるのだった。 「不法侵入じゃねえよ。俺、あんたにとって大事な存在のはずだからな!」  彼は上半身を上げると、えっへん!と薄い胸を反らして断言する。 「あんたにちょっとだけ会いたくて来ただけだ。すぐに帰るから安心しろよ。ところで喉乾いたんだけど牛乳ねえ?メシは?」 「だからなんでそんな態度でかいのよ!つか、誰?って質問に答える気ないわけ?」 「言ってもどうせ信じないだろ。あんた昔から頭固いし。小学生の頃にはもうサンタクロースも信じてなかったもんなあ」  小学生の頃?そんなに昔から私のことを知っているというのだろうか。  私は困惑気味に彼の顔を見る。宝石のような青い瞳、銀髪。こんな美しい少年に見覚えはない。その声にもだ。しかし、確かにどこかで知っているような、奇妙な感覚を覚えるのも事実である。 ――わけわかんない。私、もう三十二歳なんだけど?  自分が小学生の頃といったら、少なくとも二十年前になってしまう。そして、こんな小さな少年が二十年前に生きていたとは思えない。一体、何を勘違いしているのだろうか。 「あ、あ、ちょっとお!」  そうこうしているうちに、少年は食器棚を開けて勝手に中を物色していた。するり、と中に入っていた写真建てが落下しそうになり、慌ててキャッチする。  そこに映っているのは、一人暮らしをする直前、大学生の頃の私の写真だ。私と両親、弟と愛猫のクロム。しれっと弟がもふもふのクロムの背中に顔をうずめて、猫吸いをしている。クロムが非常に迷惑そうな顔をしているのが印象的な写真だった。 「写真落ちたんだけど!割れたらどうしてくれんのよ、大事なものなのに!」 「あ、わりい。……牛乳どこ?」 「なんで食器棚に入ってると思ってんのよ!馬鹿なの!?」  ああもう、と私は彼の銀髪をぺしりとはたいて、首根っこをつかむとリビングの真ん中でポイした。 「そこで大人しくしてなさい!牛乳くらいはあげるから、余計なもの触らないで!後で事情はしっかり訊くからね!?」 「……ういー」  しょうがねえなあ、と彼はリビングの床でひっくり返る。背中をカーペットにこすりつけて、きもちー!とやっている。アホなのだろうか。見た目は絶世の美少年なのに、さっきから行動がお馬鹿すぎるのだが。 ――何なのよ、あいつ。何がしたいってのよ。  イライラしながら冷蔵庫に直行し、そこでふと気づいたのだった。  別のことに怒りが向いたからなのか、職場に対する苛立ちが半減している。  果たしてこれがいいことなのか悪いことなのか。ため息まじりに、私は冷蔵庫を開けたのだった。
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