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***
その後も、銀髪少年は謎行動を繰り返した。
私がとりあえずシャワーを浴びようと風呂場に入った直後、ノックもせずにシャワールームのドアを開けてきたのである。
「なあ、梨香子ー」
「どわああああああああああああああああああ!?あ、開けんな馬鹿ぁ!」
いくら小学生くらいの子供とはいえ、見知らぬ子供にすっぽんぽんを見られる趣味などない。思わずお湯をぶっかけると、彼は潰れたカエルのような声を上げてドアを閉めたのだった。
「てめえ、何すんだ!濡れるだろうが!」
「こっちの台詞だっつの!レディのシャワー覗くとか変態か!?」
「お前の裸なんぞ興味もねえわ!つか、マジで理解できねえ。なんでそんなにシャワー浴びるのが好きなんだよ。濡れたら気持ち悪いだろ」
「はああああああああああああ!?あんた毎日シャワー浴びないの?不潔でしょうが!」
「不潔じゃねえ、俺はいい匂いだ!嗅ぐか?」
「嗅がない!それやったら私が変態!!」
話が全然嚙み合わない。マジでなんなんだこいつ、と私は大急ぎで髪の毛を洗ったのだった。
その時一つだけ気づく。彼は、当然のように私の名前を呼んだ。ということは、本当に私のことを知っていてこのアパートに来たということである。玄関に表札は出しているが、私の下の名前はどこにも書いていない。彼が知る機会があったとは到底思えないのだから。
――あいつ何?男子小学生の知り合いなんて、甥っ子くらいしかいないけど……当然別人だし。ほんと誰よ?
いつもよりさっさとシャワールームから出て、体をふいて、髪の毛を乾かした。あのマナー知らずの少年はいつの間にかリビングに戻っていたらしく、床をひっかくような嫌な音が聞こえていた。まったく、何をやらかしているのだろう。
さっさとドライヤーを終わらせてリビングに戻ったところで、私は彼に声をかけた。なお、がりがり、という音は彼がフローリングの床の隙間を爪で引っかいている音だったらしい。一体何がそんなに気になったんだか。
「あんた、いい加減にしなさいよ。本当に警察呼ぶわよ」
窓際に向かい、カーテンを閉めながら言う私。ちらり、とベランダの笹の葉が目に入った。昨日七夕だったので、近所の竹やぶから少しだけ貰ってきたのである(竹藪もこのアパートの大家さんのものだったので、声をかけたら少しだけ枝を貰えたのだ)。子供の頃からの習慣。馬鹿馬鹿しいのに、大人になってからも短冊をかけてお願い事をしてしまう。そんなことで、祈りが届くことなんてないと知っているのに。
「子供だから甘やかしてくれると思ったら大間違いよ。大人は怖いんですからね」
「知ってるよ。弱い者いじめする奴も多いもんな。……だから、梨香子もいじめられてんのか?」
「……?何の話?」
彼はいつの間にか、ソファーにちょこんと座っていた。
足をぶらぶらさせながら、どこか遠くを見つめている。
「俺、耳がいいからな。あんたがアパートの階段上ってくる時ぶつぶつ言ってたの全部聞こえてたぜ。よくわかんねーけど、会社で嫌なことがたくさんあるんだろ?つまり、あんたは今幸せじゃないんだろ?」
その声は、心底心配そうなものだった。私は少しだけ気まずい気持ちになる。
誰も聞いていないと思っていたからこそ、悪態をついていたというのに。
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