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参道を少し離れて、出店が途切れたところで王子が立ち止まった。口上と拍子木の音に惹かれてか男の周りにはぐるりと人垣ができていた。
ぼろぼろの傘をかぶった男があぐらをかいて座っている。昼をだいぶ過ぎて傾いた西日が影を作り傘の下の顔ははっきりとは見えなかった。
「王子、急に走らないでください」
ナギが手を握りなおすと王子はぶんぶん腕を振ったがナギはもう離さなかった。
「俺はもう赤子ではない!」
王子はむくれるがそういうわけにはいかない。王妃付きの女官である姉のミシルに王子を見失わないようにきつく言われていたからだ。
「とざいとうざい……皆の衆。皆の衆、虹を見たことがござるかな。ござるかな」
軽い節回しで聴衆に語り掛けると「虹くらい見たことあるよ」、「あるある」と返事があった。
チョン、と一回拍子木が鳴った。
「虹の道理はご存じか、天にかかる五色の橋、現る道理はご存じか」
薄汚れた旅芸人をからかうような口調だった聴衆も道理を問われると首をひねった。
「あれだ、雨が降った後…」
「お日さんが後ろにある時に……でるんだよな?」
隣り合う人々がもぞもぞと話し合っていると王子が勢いよく手を挙げた。
「水の粒に太陽の光が当たると、空気中で反射したり屈折して光が分解されるからだ!」
ナギは少し驚いた。王子はさほど勉学に励む方ではない。嫌々ながらでも学ぶ機会があれば何とはなしに身についているということだろうか。
傘の下の唇がにっと笑った。
「まこと賢いお子様じゃ。末は博士か大臣か」
「この子は王子様だよ!」
どっと人垣が沸いた。
赤膚金髪碧眼の六歳ほどの子ども、というだけで北王家の王子であることは隠しようもないことだ。後ろにいた人たちまで「あれ、王子様」「ああ、王妃様がいらっしゃってるから」としゃべりだす。
男は傘を脱いで、のしっと座りなおした。声の通りまだ若い男だ、二十歳そこそこといったところか。北方には珍しい、白に近いような砂色の髪だった。耳のあたりで切りっぱなしにしている髪を結うこともなく浜風に吹き散らかせているのも異国風だったが、何よりもナギが目を奪われたのはその目だった。
南方人である王族の青い瞳を見慣れているナギでも見たことが無いような薄い水色の目は、本当は何を見ているのか不安になるほど澄んでいた。
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