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天嶮より南、つまり北王の領地では無いある町で虹売りは二十歳にならないくらいの若い男に声をかけられた。
男には病気の母親がいて、二人で旅をしてきたのだが、いよいよ母親の足がおぼつかなくなってきたので、方向が同じなら道連れになってくれないかと頼まれたのだ。
「私どもは特に目指すところもございませんし」
最初は気軽な気持ちで同道したのだが、その目的地が近づくにつれて、似たような病人連れが一組、二組と加わり、十人に近い小集団になった。彼らは一様に、同じ言葉を口にした。「エル・ワ・ア・セイラ」と。
「都の言葉でしょうか。助けてください……いと高き……君よ?」
ア・セイラはラン王子の名前にも入っている。ア・セイラ・クウ=シンが「いと高き双子星の君」ならばそうなるはずだ。
「そんなところでしょう。ただ、都や近辺からやってきた者は誰もいませんでした。中には意味もわかっていないが、唱えることで願いが叶うと思っている者もおりました。人とやりとりをするための言葉というより、自分一人の中で唱えるまじないの文句、とでも言えばよろしいでしょうか」
朝な夕な西に向かって、その言葉を唱える。まるきり若く元気な者は虹売りと最初の連れの息子だけだったので、なんやかやのうちに二人が世話人のようになって西へ西へと這いずるように旅をつづけた。
次第に、病人たちがなんのために旅を続けているのかわかってきた。
「彼らは、穏やかな死を望んでおりました」
みな医者から見放されてから、長く苦しんでいる者ばかりだった。旅の目的地にいるという教導師に『しるし』を授かると、苦痛なく死を迎えることができると聞いてやってきたのだ。
虹売りは危ういものを感じたが、母を連れて行こうとしている息子は「命を絶つのではなく、苦しまずに寿命を全うさせるためだ」と強調した。
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