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2 雨姫山麓村(令和)
「先生が仰るから、ついてきましたけど。聞きしにまさるド田舎ですねぇ、ココ。見た感じ観光スポットもないし、大きな神社仏閣もないし……」
傍らにいる編集者が大きくため息をついた。
「おまけにWi-Fiもないですよ。信じられない。この令和の時代に! どうなってんのよ、この村!」
最近ついたこの編集者の文句は多い。
ま、今どきのおっさんってことか。
自分より十以上上であろう編集者を諭す。
「何もない方が取材のしがいがあるってものだろ。もうすぐ夏だ。オカルト作品は夏の読書における清涼剤さ」
「荻生先生じゃなければ取材旅行なんて付いてきませんでしたよ。頼みますよ、先生」
「たまにはネットから離れ、紙とペンで不便さを楽しむのも一興だと思わないかい?」
柔らかい微笑みを編集者に向けたが、編集者はこの村に1ミリの興味もなさそうなことが明白だった。
荻生 光一、32才。
細々と作家業を営んでいる。
数年前に一度、ミステリー賞を取ったのだが、ソレ以降は一年に一度、短編を出すくらい。
祖父母からの資産を受け継いだので、少しの仕事量でも生活には、困ってはいない。
最近は伝承、伝説の事実を解明するという雑誌のルポルタージュが読者に受けていた。
図書館で日本各地の伝承、伝説を読みあさり、目に着いたのが雨姫山の伝説だった。
雨姫山付近を調べてみると、麓の村に民宿が一軒あるのが分かった。
すぐに連絡して宿泊予約をすると、編集部に連絡した。
いつものデキる編集者ではなく、やる気のなさそうな中年編集者が同行することになると言う。
自分から買って出たわけではなく、編集長から言われてイヤイヤ来たようだ。
一人で構わない、と編集者には伝えたのだが、編集部としてはそんな訳にも行かなかったらしい。
出版社における自分の立ち位置がそれだけで、分かると言うものだ。
有能な編集者を付けるほどではない。
かと言って、放り出すにはすこしばかりは惜しい。だから、能力的には少しばかり難がある編集者をあてがった。そんなところだろう。
別に悔しさはない。
自分が不思議だと思った伝承の事実を調べるだけ。そして自分はそんな作業が嫌いではないらしい。
人を見つけて話しに耳を傾ける。
話の中からパズルのようにピースを組み合わせ、1枚の絵として仕上げる。
そんな地道な作業が性に合っていた。
「女将は雨姫山の伝説はご存知ですか?」
部屋に食事を配膳に来た女将に尋ねる。
女将はにこやかに微笑んで答えた。
「ここら辺では知らない者はないですよ。子どもの頃から聞いていますから。何せ村一つ潰すほどの怒りを持った姫神ですからね。みな、気を付けて過ごすんですよ」
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