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3 雨姫山の姫堂(慶長)
朝早く、藤作は雨姫山に踏み入った。
麓から見上げた時には霧で覆われていたが、山に入ってみると、視界は開けている。
切り立った山にも見えるが、藤作の取った道程は緩やかだった。
藤作は慎重に歩を進める。
近くに見ているものの雨姫山に入ったことはない。
頂上にある雨姫堂に向かう途中、大きな木の根元に小さな祠がある事に気づいた。
藤作は祠の前で立ち止まり、手を合わせると頭を下げる。
誰が設置した祠なのだろう。
祠は古びていて苔生している。
村の爺様や婆様よりまだ先の世代に祀られたものだろうか。
藤作は不思議に思いながら祠に一礼すると、再び山を登り始めた。
登り始めて小一時間、頂上はまだ先のようだ。
不安ながら山に足を踏み入れたものの、何事も起こらず進んで来られた事で、気の緩みが出たのだろうか。
岩に足をかけた時、つるりと滑った。
しまった、と思った時には身体がのけぞっている。
岩に手を伸ばしても間に合わず、藤作は山肌を転がり落ちて行った。
藤作が次に気づいたのはパチパチと炎の爆ぜる音がしたからだった。
そして、とてもいい匂いがして急激に空腹を感じた。
身体はとても温かく、いつの間にか布団に寝かされていた事を知った。
側には囲炉裏があり、小さな炎が上がっていた。
囲炉裏には鍋がかけられおり、汁物が作られていた。
藤作は布団から身を起こし、辺りを見回した。
質素な作りの小屋だった。
でも、とても清潔できちんと片付けられており、居心地がいい。
藤作は自分の服が洗われて干されていることに気づいた。
着ている木綿の寝巻きは小ざっぱりしており、着心地が良い。
藤作は空腹に耐えきれず、声を発した。
「もうし。もうし。誰かおりませぬか」
小屋内はパチパチと囲炉裏の音がするだけで、静まりかえっている。
全く人がいないのだろうか。
起き上がってみて気づいた。
脛や腕の擦り傷に薬草が巻かれている。
誰が手当してくれたのだろう。
くつくつと煮られている汁物の香りを嗅いでいたら、猛烈に腹が減ってきた。
だが、勝手に食べるわけには行かない。
藤作は小屋に人が来るのを待った。
布団に寝転がっていると小屋の戸がカタンと開き、柔らかな女の声がした。
「お気づきですか?」
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