4 雨姫山の姫堂(令和)

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4 雨姫山の姫堂(令和)

「雨姫堂を調べてらっしゃるんですか? なら、この先に資料館がありますよ。無くなってしまった雨姫村の歴史が書かれている古文書も展示されていたと思いますよ。まぁ、草書体なのですけれどもね……」  旅館の女将に勧められるまま、編集者と共に資料館にやって来た荻生は、資料をサッと見回すと、館長と話始めた。 「ちょっと荻生先生、館長とは名ばかりの年取った爺さんじゃないですか。資料見てた方が良いんじゃないですかね?」 「じゃああなたは、草書体が読めますか?」  荻生に言われて、編集者はグググと、黙った。  荻生が館長に話を聞こうと思ったのには理由があった。  自宅を改造して資料館としていること。  入場料を取っていないこと。  荻生はその二点から館長がこの資料の代々の持ち主で、雨姫村住人の子孫ではないかと思ったからだった。 「僕は不思議でなりません。雨姫村の文献を取り寄せ、あちこちの図書館も周りました。それによると雨姫神は元々は裾野の村々に水を育み、生き物を愛でる優しい姫神という印象でした」  穏やかな口調で荻生は話し続ける。 「慶長という時代は、地震と噴火が各地で起こった年でした。津波による浸水、異常気象による渇水も各地で起こっていたようですね。もちろん雨姫村も例外ではありません。ところが、雨姫村の年貢米の量は地震の前も後も、減ってはいませんでした。これは各地の年貢米を記している地方三帳(じかたさんちょう)により、確認することができます」  編集者は椅子に深く座り、こくりこくりと居眠りをしている。   「この事から雨姫村は姫神に護られた土地ではないかと考えました。しかしその後、雨姫村は姫神の怒りに触れ、土砂に埋もれ、村が消失したとあります。今で言う土砂崩れが襲ったのですね。村を護っていた優しい姫神の怒りとはなんだったのか。僕はその謎を解明したいんです。決して遊びや、ふざけた内容にはいたしません。教えてください。あなたは、雨姫村の御子孫に当たるのではないですか?」  荻生はまっすぐに館長を見つめた。  微動だにしなかった館長の肩がピクリと動く。  そしてやや後に、ふぅと息をついた。 「あなたがふざけていないと言うことは、目を見て分かります。私は、長い年月この時を待っていた気がします。あなたにお話しましょう。悲しき雨姫村に起こったことを。私の先祖の悔いと、懺悔を」  館長は資料室の奥に荻生を呼んだ。  荻生に置かれた応接セットのソファを勧める。  部屋には、資料室に飾っていない資料が残っていた。  館長は戸棚の一つから古びた木簡を出し、荻生の前に置いた。 「これは……?」 「私の先祖、藤作が書いたものです」
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