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「こらこら、そんなに暴れては危ないよ」
探偵がそっとラッコを降ろしてあげると、ぽてぽてぽてっとUFOのほうへ駆けだし、くるりと探偵達の方に向き直りました。
「貴様等はこの星の知的生命体か?」
こんな可愛らしい生き物から出てきたとは思えない中年男性のような野太い声です。水鳥川夫人も「鳴き声は可愛くないのね……」と少し眉根を寄せています。
「まあ、この地球という星の知的生命体と云えば、我々人間のことだと云っても過言ではないだろうね」
「人間……なんと毛の少ない奇妙な生き物……だが致し方あるまい……」
ラッコはコホンと咳払いすると、皆の前でふんぞり返ってみせました。
「我はエンヒドラ・ルトリス三世! この星を支配するために偉大なるルートリス星からやって来たすごい大将なのである!」
「支配……? ラッコが……?」
「ラッコではない! エンヒドラ・ルトリス三世である!」
ラッコは苛立ちをあらわに足をだんだん踏み鳴らしましたが、まったく怖くありません。
「どうしましょう先生、なんだか物騒な事云ってますし、毛皮をはいでラッコ鍋にでもしてやりましょうか」
「この子供物凄く物騒なことを云っておるぞ!?」
「どうしたんだい田中君。いつもは可愛いぬいぐるみを好んだりしているのに、このラッコはお気に召さないかい」
「ぬいぐるみのくまちゃんはもう卒業しました!
僕は悔しいのです。折角吹雪の山荘で起こるマーダーミステリーを華麗に解き明かす先生の名推理が見られると思っていたのに、いきなりこんな訳の分からない毛玉が飛んできて全てを台無しにしてしまったんですもん」
林檎のようなほっぺでむくれる田中少年を、木戸探偵は優しくなだめました。
「確かに本格ミステリを期待していたら唐突に宇宙人が飛来してくるなんて素っ頓狂な展開は受け入れがたいだろうね。
しかし僕達はこれまで幾度も難事件を解決してきた。
その中には……あっただろう? 奇妙奇天烈な出来事と見せかけて、実はとんでもなく恐ろしい陰謀が隠されていたということが」
「あっ……ありました! 何故か具体的な事件名は何一つ出てきませんが、そういうことがあったという記憶だけはあります! つまり今回もとんでもない陰謀が隠されているのですね!?」
「ふふっ、それを断定するにはまだ証拠が足りないんだ。田中君、共に調査を続けてくれるね?」
「はい! 先生!」
探偵と助手の美しくも熱い抱擁が交わされ、人々はなんとなく大団円のような気持ちになって拍手をしました。
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