第9話 親友の彼女はインフルエンサー

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第9話 親友の彼女はインフルエンサー

—1—  7月上旬。  第二校舎の男子トイレをピカピカに磨き上げること4日目。  小窓を開けて換気を行い、便器と床を入念にブラシで磨く。トイレットペーパーを補充して三角に折り、雑巾で鏡を拭いたら放課後の掃除当番は終了だ。 「秋斗、終わったかー?」 「もう終わる」  鏡で自分の寝癖頭を見ていると颯がトイレの外から声を掛けてきた。  放課後まで重力に逆らい続けた寝癖を手で押さえるも効果は無し。  手を離すとすぐにピョンとハネてしまう。  水で濡らして直そうかとも思ったがもう帰るだけだし自分の中で面倒臭さが勝ってしまう。  こういう所が彼女ができない理由の1つなんだろうな。 「深瀬くん、お疲れ〜」 「お、更科(さらしな)さんもいたのか」  廊下に出ると颯と颯の彼女が出迎えてくれた。  手を上げて労いの言葉を掛けてくれたのが更科美結(さらしなみゆ)。  肩口まで伸びた銀髪はウェーブがかかっていてゆるふわな柔らかい印象を与えている。  顔は小さく切れ長の目に薄い唇が特徴的。  無表情の時は側から見たらちょっとだけ怖いと感じるかもしれないが、彼女の性格を理解してしまえば全くそんなことはない。  基本的には食べ物のことしか考えていないし、可愛い物に目がない。  そんな更科さんはインフルエンサーとして活動している。  総SNSフォロワー数は70万人超え。  ショート動画投稿アプリCutMovie(カットムービー)にダンス動画を中心に上げていて同世代の若者から支持を集めている。 「女子がまだみたいだし別にオレを待たないで帰ってもらっていいぞ」  せっかくのカップルで過ごせる時間を奪う訳にもいかない。  というかオレが間に入ったら邪魔だろう。 「いや、颯から面白い話を聞いてさ。それを確かめに来たんだよね」  更科さんから向けられる視線と発言を受け、無意識に警戒モードを発動してしまう。  颯はというと明後日の方角を見て口笛を吹いている。こいつめ。 「面白い話っていうのは?」 「深瀬くん、祭のことが気になってるの?」  更科さんがワクワクした表情でオレの返答を待っている。  颯め、いくら彼女とはいえ他人のプライベートを横流しするのはどうかと思う。 「気になってるというか仲良くなりたいなって感じだよ」 「えー、仲良くなりたいなってことは気になってるってことでしょ?」 「う……まあ、そう捉えてもらっても構わない」  最速で追い詰められたオレは反論できずにコクリと頷いた。  更科さんは颯と違って口は堅いだろうし、変に広まることもないだろう。 「彼女が欲しくて欲しくてたまらない深瀬くんの為に私が恋のキューピットになってあげよう」  オレの心臓に矢を放つジェスチャーを見せる更科さん。  恋のキューピットは分かるけどオレの心臓を撃ち抜くのはやめてほしい。  親友の彼女なのに危うく好きになってしまいそうだ。 「颯、お前後で覚えとけよ」 「まあそう怒るなって。近い将来きっと俺に感謝する時がくるって」  颯がオレの肩を揉んで宥めようとしてくる。  もちろん本気で怒っている訳ではないから腹が立っているとかそういう感情は微塵も無いが、口が軽いことに関しては注意が必要だ。 「お、噂をすればだね」  更科さんの視線の先にはトイレ掃除を終えた藤崎さんの姿が。 「ん? 美結、噂ってなに?」  藤崎さんが小首を傾げる。小動物みたいで可愛い。  1年生の時にクラスが同じだったのは知ってたけど結構親しそうだ。名前呼びだし、口調が砕けている。 「今度の日曜日に颯と水族館に行く話を深瀬くんにしてたんだけど、深瀬くんも小説のネタ探しがてら行きたいってなってね。だったら祭も行かないかなーって。ほら、いつだったかクラゲが見たいって言ってたじゃん」 「行きたいかも」  チラッとオレの顔色を窺ってから藤崎さんがそう呟いた。 「じゃあ決まりだね! 日曜日はみんなで水族館だ!」  更科さんがオレにだけ見えるように親指を立てて得意気に笑った。  どうやらかなり優秀なキューピットがオレの味方になったらしい。
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