もう一回…。

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もう一回…。

 数ヶ月前まで、俺は羽振りが良かった。  急転したのは、忘れもしない5月3日。ゴールデンウィークの最中だ。  俺の稼業は空き巣である。  病的窃盗症などではない。明確に、稼ぐために盗みを繰り返している。  羽振りが良いから、女なんか掃いて捨てるほどいた。來美はその中でも低いランクだった。  だが5月3日、良さそうな家を空き巣したら、こともあろうにその家は來美の実家だった。  貴金属や宝石類は盗むが、通帳や現金には手をつけない主義の俺。  家人に立て直せるゆとりを持たせる主義の俺。  ところが、來美の実家は、現金・預金をすべて金塊に変えて所持する主義だった。  5月3日、大量に稼いだ俺は、それを元手にマンションの購入契約をしてしまった。  その後だ。來美から空き巣に入られたと泣きが入ったのは。  小さな罪悪感なんてものが吹き飛ぶほど、來美は俺に助けを求めてきた。  父親の会社が潰れそうだと言い、母親が心労で倒れたと言い、当座の金を用立ててほしいと言い、 「私のおなかには、あなたの子供がいるの。いつ言おうか迷ってたんだけど、責任、とってね?」  というおまけつき。  そういう行為をした事実はあるし、俺は何も言えなかった。  求められるまま当座の金を渡し、だがそれは捨てるつもりで來美とも別れる計画だった。  それなのに、俺の羽振りの良さに取り憑いた來美は、他の女たちを駆逐し、俺の唯一の女というポジションについてしまった。  來美の実家に盗みに入ったばかりに、人生は急転直下。金をむしられるばかりの俺になってしまった。  表向きは経営者ということにしているが、それもいつ嘘だと見抜かれるか⋯⋯。  とにかく俺は來美とその実家のため、金を作らなきゃいけない。  今までは多少裕福に暮らせるだけ稼げれば良かった。だが今は四人分+俺の見栄の稼ぎが必要だ。  いつ捕まるか分からない稼業をいつまでも続けるリスクは大きい。  どこかで完全に足を洗わないといけないのに、もう一回、あと一回と空き巣を繰り返す俺がいる。
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