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2話。剣聖の妹との勝負にゲーム知識で勝つ
「エレナお嬢様、違うんです!」
「覚悟ぉおおおおッ!」
ティアが止めるのも聞かずに、エレナが踏み込んで来きた。
エレナは、兄である俺を思い切り嫌っていた。
「はぁ!? ちょっと待てぇえええッ!?」
俺は風魔法を使って、突進してくるエレナの手前に極小の乱気流を発生させた。
「きゃ!?」
エレナは風圧に目潰しをされて、たたらを踏む。
剣士にとって、目は命。強風をピンポイントで目に当てる【目潰し】は、地味だがゲームでも有効な剣士対策だった。
「よし!」
……って、あれ。ちょっと風が強すぎて、エレナのスカートが盛大にめくれてしまった。
あっ、白だ。
「くぅううっ、ヴァイス兄様! これほどの風魔法の才能を持ちながら、スカートめくりにしか使わないなんて! ハレンチ極まりないです!」
エレナはスカートを押さえながら、涙目で俺を睨みつける。
「いや、待て誤解だぁ! 今のは不可抗力で!?」
「今度はティアに何をしたんですか!? 今までに何人ものメイドをセクハラで辞めさせて……!」
「スカートめくりについては謝る! だけど、ティアには何も悪さはしていない!」
俺は慌てて手を合わせて、必死で頭を下げた。
「えっ? あ、謝る……?」
エレナは信じられないモノでも見たという感じで、キョトンとした。
「エレナお嬢様、本当に誤解なんですぅ! ヴァイス様は私のお母様の治療代にして欲しいと、指輪をくださったんです! それで私、感激してしまって!」
「ええっ!? ほ、本当なんですかティア!?」
「はい、本当です! それを証明する文書まで書いてくださいました!」
ティアが差し出した指輪と羊皮紙を、エレナは食い入るように見つめた。
「こ、この字は、まさにヴァイス兄様の直筆! これは一体、どういう……!?」
「実は俺は今までの行いを反省して、心を入れ替えることにしたんだ。そのために、まずティアに償いをすることにした!」
「そんな……!? い、いえ、これは申し訳ありませんでしたヴァイス兄様!」
エレナは実直に深々と腰を折った。
「お、おう……」
あまりのエレナの変わり身に面食らってしまう。
いや、だけど、ジワジワと実感が湧いてきた。
目の前にいるのは、間違いなく【グロリアスナイツ】のヒロイン、剣聖エレナだ。
正義感に溢れたエレナは自分が間違ったことをしたと分かれば、恥じ入って反省することのできる娘なのだ。
「わかってくれれば良いんだ」
俺はホッと息を吐いた。
クズヴァイスの普段の悪行を目の当たりにしていれば、俺がティアに悪さをしたと誤解されても致し方ないだろう。
何より、良いモノを見せてもらったしな。
「えっ、お、怒らないのですか? 私は誤解から木刀を向けたというのに……!?」
エレナは口をあんぐりと開けた。
「誤解されるのは……まぁ、俺の自業自得だからな。それに木刀を使っての剣術修行は昔、一緒に良くやっただろう?」
「ええっ!?」
これからヴァイスとして生きていくのなら、妹エレナと極力、良好な関係を築かなければならない。
いきなり木刀で殴りかかってくるなんて、やべぇ妹ではあるが──こんなトンデモナイ美少女と一つ屋根の下で暮らせるなんて、考えてみれば最高のシチュエーションじゃないか?
まして、前世では何年もずっと孤独に暮らしてきた俺が、兄妹ができただけでも嬉しいのに、それがこんなに可愛い妹ならなおさら大歓迎だ。
「し、信じられません。ヴァイス兄様、何か変なモノでも食べましたか!?」
いや、変なモノっていうか、前世の記憶が戻ったからなんだけどね。そんなことは言えやしないが。
「はっ!? す、すみませんが、私はこれからセリカ王女の護衛がありますので失礼します! 兄様、帰ったら改めて謝らせてください!」
エレナは頭を下げると、ものすごい勢いで駆け出していった。
思わず、呆気に取られてしまう。
「なに、セリカ王女の護衛……?」
俺はゲームシナリオを思い出す。
エレナも俺と同じグロリアス騎士学園に通う生徒だった。
学園には、この国の王女セリカも通っており、エレナは王女の友人兼護衛として、行動を共にしていた。
って、待てよ。
……確か、ゲームのプロローグで、王女襲撃事件が起きるんだったよな。
セリカ王女は登校中に、魔族に襲われて拉致されてしまう。
騎士団長であるヴァイスの父が、娘エレナの失敗を挽回すべく、真っ先に手勢を率いて王女救出に乗り出すも……王女を人質に取られたことから、父は討ち取られ騎士団は全滅されてしまうのだ。
国を揺るがす大事件に発展する中、単独でセリカ王女を助けたのが、このゲームの主人公である勇者アレンだった。
平民の勇者アレンは、この手柄によって貴族の師弟が集まるグロリアス騎士学園への入学を許可される。
そして、父を殺されたエレナは魔族への憎しみを募らせ、魔族化した兄ヴァイスを容赦なく倒す流れになるのだ。
こ、これは、やべぇなんてもんじゃないぞ。
「……だけど、待てよ? 俺がセリカを助けてしまえば、勇者アレンは騎士学園に入学できなくなる。父上も死なずに済めば、シナリオが激変して俺が殺される未来を回避できるんじゃないか!?」
俺はポンと手を打った。我ながらグッドアイデアだ。
チラッとカレンダーの日付を確認すると。俺の記憶が確かなら……王女襲撃事件が起きるのは、よりにもよって今日じゃないか!?
迷っている暇はない。
「よしエレナに付いて行って、俺が2人を守ってやる!」
ぶっつけ本番だが、やるしかない。
ユニークスキル【超重量】は、実は最強クラスのスキルだ。
魔族と化したヴァイスは、この『重くなる』最強スキルを駆使して、勇者アレンとヒロインたちを絶望に叩き落とした。
大魔族が、ヴァイスに近づいて仲間に取り込んだ最大の理由は【超重量】の真の力に気付いたからだ。
だけど、このことは、まだ俺以外の誰も知らない。
敵が俺を落ちこぼれ変態貴族だと侮ってくれれば、おそらく勝機は十分にある。やれるぞ。
「ティア! 俺はこれから登校する!」
「えっ!? これからですか!? いつもは遅刻上等のヴァイス様が!?」
テーブルに朝食を並べていたティアが驚いた。
俺はやる気の無い落第生で、遅刻の常習犯だった。
「お食事は召し上がらないのですか? ヴァイス様の大好物の蜂蜜たっぷりパンケーキをご用意しておりますが!?」
ティアには悪いけど、もはやそれどころじゃない。
俺はパンをいくつか掴んで頬張ると、そのまま駆け出した。
「いや、遅刻はすると思う! でも男にはやらなきゃいけない時があるんだ!」
「ええっ!?」
ティアが素っ頓狂な声を上げる。
さあ、ここが人生の最大の分かれ目だぞ。
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