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48話。切り札で大逆転
「おっと……」
ジゼルは俺の石礫を、優雅なバックステップで躱した。
「下僕たちよ、私を守りなさい!」
「はっ!」
ジゼルの周囲の男子生徒たちが立ち上がって、ヤツを守る壁となった。どうやら、事前に【傾国】のスキルで魅了していたらしい。
「お父様の血が止まらないわ!」
セリカが悲鳴を上げた。
彼女は国王に回復魔法をかけたが、効果を発揮していないようだ。
「無駄よ、無駄、無駄! エドワード・リーベルトのユニークスキル【永遠に流れる血】は、あらゆる回復手段を阻害するデバフを付与するわ! 彼に斬られたらおしまいよ!」
「我が剣は、姫のために……!」
魔族化して筋肉が膨れ上がり、一回り大きくなったリーベルト公爵が、誇らしげに剣を掲げた。
「そんな、【聖女】であるセリカ様のお力が、通じないのか!?」
セリカと共に、国王陛下の元に駆けつけた教師たちが、顔面蒼白となる。
魔族化したことで、リーベルト公爵のユニークスキルがパワーアップし、セリカの解呪魔法をもってしても、そのデバフ効果を打ち消すことができなくなっているようだ。
「リーベルト公爵を倒すしかない! そうすれば、【永遠に流れる血】の効果は切れる!」
俺は大声で叫ぶも、教師たちは絶望に慄くばかりだった。
「そ、そんなことは不可能だ! 王国最強の【栄光なる騎士】が魔族化したんだぞぉおおッ!」
それは他の教師、生徒らも同じで、戦意を喪失している者が大半だった。
「ふふっ、これで私の勝ちね」
ジゼルが勝ち誇る。
「ヴァイス、あなたが早々に、私が学園に潜伏しているなんて暴露してくれたおかげで、スペアとして用意していたもう一つの身分を使わざるを得なくなったわ。病気で、一度も学園にやってこれていなかった男子生徒の身分をね」
ヤツは俺に向けて、熱っぽい視線を向けてきた。
「まさか、王妃の動きに感づき、ずっと探っている人間がいるとは思わなかったわ。私のお気に入りだったギルベルトの魅了も解かれてしまったし……正直、あなたのような男がいるなんて、驚きだわ」
ジゼルは夜会で身にまとうようなドレスに一瞬で着替えた。
輝くような美しさに目を奪われそうになるが、奴と目を合わせると、【傾国】のユニークスキルで魅了されてしまう。
ジゼル対策として、ヤツの足元に注目することにした。事前に考えていたことだ。
「ふふっ、お礼にあなたは私の一番のお気に入りの下僕にしてあげるわ。【聖女】の力でも解放できない、とびっきりの呪いをかけてね」
「ソイツは光栄だが。俺が守ると決めた姫は、お前じゃないんでな」
「セリカ王女のこと? 安心なさい。女は皆殺し、気に入った男は奴隷。これが、私のモットーよ。あなたはこれから、私にだけ尽くしなさい」
ジゼルの【傾国】で支配できる男性の人数には制限がない。
にも関わらず、無制限にジゼルが下僕を増やさないのは、下僕を気に入った男に厳選しているからだ。
格別に有能であるか。外見が好みかで、選んでいるらしい。
『汝の欲するところを行え』が、魔族の戒律であり、ジゼルの欲望とは逆ハーレムだった。
「さあ、レオナルド、お膳立てはしてあげたわ。ヴァイスに勝ちたいという、あなたの望みを叶えなさい」
「はっ、姫……!」
レオナルドが雷撃の魔法を間断なく放ってくる。
速度極振りの俺でも、【未来視】のユニークスキルを持ったレオナルドの攻撃を躱すのは難しい。
対抗手段は、風魔法の奥義【空気抵抗ゼロ】しかない。
人間が捕捉できないほど速く動いて、ヤツを撹乱して倒すんだ。
だが、俺の思考を読んだかのように、ジゼルが微笑んだ。
「ふふっ、残念。レオナルドの胸には、強力な魔法爆弾が埋め込まれているわ。彼にダメージを与えた瞬間、大爆発を起こして木っ端微塵よ」
「なにぃ!?」
ジゼルの言葉を証明するべく、レオナルドは制服の上着を脱ぐ。その胸には、丸い金属が埋め込まれていた。
レオナルドの制服が血で汚れていたのは、コイツを無理やり身体にハメられたせいか。
「レオナルドを手駒に加えたら、父親のリーベルト公爵を魅了するのも容易だったわ。【栄光なる騎士】と言えど、人の親。愛する息子を人質に取られたら、手も足も出なかったわ。ふふっ、まったく滑稽ね」
俺はここで、原作ゲームの俺の立場と、レオナルドの立場が入れ替わってしまったことに気付いた。
原作では、俺がジゼルの手駒にされて、父上は殺された。この世界では、レオナルドがジゼルの手駒にされて、ヤツの父親は破滅の道をたどったということか。
「調子に乗るものここまでですわ、ジゼル!」
フィアナの叫び声と共に、雷の雨がジゼルに殺到した。
フィアナの指揮するブレイズ公爵家の手勢による魔法攻撃だ。
それはジゼルの下僕たちを麻痺させて倒すも、肝心なジゼルは、優雅なダンスでも踊るかのようにすべて躱してのけた。
「敵を麻痺させる雷魔法? なかなか良い攻撃だったけど、お生憎様。私はレオナルドと精神感応魔法で意識を共有しているの。彼が【未来視】で見たビジョンは、私にも共有されるわ。どんな攻撃が来るか、事前にすべてわかるという訳ね」
「なんですって!? あなた、まさかそのためにレオナルドさんを!?」
「そうよ。この私に攻撃をヒットさせるには、まずはレオナルドをどうにかしなければ、ならないということ」
ジゼルはおもしろそうに唇の端をつり上げた。
「さて、生徒を守ると公言なさっているフィアナ会長は、レオナルドを殺すことができるかしら?」
ジゼルが反撃の魔法を、フィアナたちに放つ。すべてを飲み込むかのような圧倒的な威力の竜巻が発生した。
だが、フィアナはユニークスキル【炎帝の剣】で生み出した炎の魔剣で、ジゼルの竜巻を一刀両断した。
あらゆる物を焼き滅ぼすのが、【炎帝の剣】の能力だ。炎にとって相性の悪い風魔法だろうと滅することができる。
「へぇ。さすが、ナンバー1やるわね? だけど、敵は私だけではなくてよ。さぁ、リーベルト公爵。国王とセリカ王女にトドメを。それでローランド王国はおしまいだわ!」
「くっ、させませんわよ!」
魔族と化したリーベルト公爵が、邪魔する者たちを蹴散らして、国王とセリカに襲いかかった。
フィアナはリーベルト公爵に【炎帝の剣】で打ち掛かるが、腹を蹴られて簡単に弾き飛ばされる。
「きゃう!?」
フィアナは攻撃力は高いが、【筋力】や【速度】などの基礎ステータスはリーベルト公爵が圧倒的に上回っていた。
「み、みんなさん、一斉にかかりなさい!」
「はっ!」
フィアナの号令の元、ブレイズ公爵家の部隊が、リーベルト公爵に包囲攻撃を仕掛ける。
「【轟雷】!」
だが、リーベルト公爵から放射状に雷撃が放たれ、彼らは一瞬で沈黙した。黒焦げとなって、フィアナの手勢は地面に倒れる。
「ブレイズ公爵家の部隊が、子供扱い!?」
「つ、強い! これが【栄光なる騎士】! 大魔族級の強さだ!」
「駄目だ、勝てる訳がない!」
国王と王女を守ろうと集った者たちが、一斉に及び腰になった。
リーベルト公爵を止めることは、この場の誰にも不可能だ。
たった1人、この俺を除いては……!
「逃げよ、セリカ……!」
国王陛下が息も絶え絶えで命じた。
「ダメよ、お父様! お父様が亡くなられたら、この国はお終いよ!」
セリカは回復魔法の行使を続けた。『絶対に死なないド根性聖女ビルド』なら、魔族化したリーベルト公爵の攻撃に多少は耐えられるだろうが、もって数秒だろう。
「余所見をするなヴァイス!」
レオナルドが突っ込んできた。その拳には雷が纏われている。
まずは、レオナルドの動きを止めなくてならない。それには、わかっていても絶対に回避不能な攻撃をすることだ。
「【超重力】×2!」
俺は【地竜王の小盾】に、俺以外のすべてを吸い込む【超重力フィールド】を連続で2回発生させた。
代償としてHPが1になるが、【超重力フィールド】を重ねて発動すると、吸引力が2倍となることは検証済みだった。
レオナルドが、たまらずに体勢を崩す。それはジゼルやリーベルト公爵も含めて、この会場にいる全員が同じだった。
「何ごと!?」
【地竜王の小盾】に向かって、すべてが落ちてくる。重力には誰も逆らえない。
今だ。
「【空気抵抗ゼロ】!」
俺は風魔法の奥義で、空気抵抗をゼロにした弾丸をリーベルト公爵に放った。
ここ数日の修行で、【空気抵抗ゼロ】はついに完成へと至っていた。
「風使いごときが!」
リーベルト公爵は、雷を纏った剣を振りかざして、俺の弾丸を弾き返そうとした。人間離れした反射神経だ。
おそらく、リーベルト公爵は父上と決闘した経験から【空気抵抗ゼロ】を知っていたのだろう。
格の違う相手。普通なら、俺に勝ち目は無かった。
だが、発射したのはギルベルトにリクエストして造ってもらった【聖銀】並の強度のある【不可視の弾丸】だった。
万が一、大魔族ジゼルが現れた際の切り札として、一発だけ用意していた。
俺の放った超音速の弾丸は、リーベルト公爵の剣を砕いて胸を貫き、血の花を咲かせた。
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