山の会

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「はい……それがですね、山の会に入りたいのです」  やっぱりそうか。 「はあ、中村さんのお名前は?」 「省吾です。浜田省吾と同じ省吾」  そんな古い歌手の名前の漢字など知らない。曲を聞いたこともなければ、名前もそういえばそんな歌手もいたな程度に聞き覚えがあるだけだ。それを中村に伝えたら、スマホのメモアプリに入力して見せてくれた。山の字なんて入っていないじゃないか。  俺の表情から察したのか、中村は続けた。 「はい。今はまだ山の字は入っていません」  今はまだ? どういうことだ?  おれが考えていると中村はさらに続ける。 「来月結婚するんですが、彼女の名前が山城なんです。彼女の籍に入ろうかと思いまして」  俺は驚いた。そんなことのために名前を変えるのか?  俺が驚いた顔で言葉に詰まっていると、言葉足らずだと思ったのか中村は説明を始めた。 「いえ、それだけが理由ではありません。僕は三男坊で、彼女は一人っ子。以前から自分の籍に入ってくれないかと彼女に言われていたんです。でもずっと悩んでいて……そこで山の会の噂を聞いて、その会に入れるならいいかって。彼女の籍に入る決心がつきました」  そんな理由でいいのか? 俺はそう中村に聞こうとしたが、中村はようやく安堵したといった晴れやかな表情を浮かべている。まあ、本人がいいならいいかと、俺は快諾した。  しかし面白いものだ。たかが名前だけの会なのに、結婚するカップルのどちらの籍に入れるのかを左右したのだ。背中を押すきっかけになるとは、なんでもやってみるものだなと不思議にも満足感を覚えた。
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