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「そうですか。失礼ですがお名前は?」
「あっ、そうですね。私は木下潤です」
きのしたじゅん? 山の字は入っているのか?
木下は俺の心の声が聞こえたのか、何も返答していないのに続けて言った。
「はい。確かに山の字は入っておりません」
では中村のように婿になって妻の籍にでも入るのだろうか?
「……結婚はしています」
こいつは俺の心を読んでいるのか? 何も言っていないのに木下は俺の疑問にすぐに答える。俺は少しビビった。
「ですが、離婚しようと思いまして……」
なるほど、木下は妻の籍で、離婚して旧姓に戻れば山の字が入った名字になるのか。
「いえ、旧姓は高橋です」
俺もいい加減声を出すべきだが、この妖怪サトリの化身である木下の前では不要な気もする。
「……浮気相手が山野辺でして……」
今度は表情に出した。俺の驚いた顔を見た木下は気恥ずかしそうな表情のあと、後ろめたいのか声を落とした。
「妻に不満はなくまだバレてもいませんが、子供もいないことですし、山の会に入れるなら妻を替えてもいいかと……」
「そんなことのために離婚するのは良くないと思います」
とうとう俺は声で反応を返した。これは断固として口に出さなければと思ったからだ。
「しいっ!」木下は人差し指を立てて口元に当てた。
「……別に構わないでしょう? 浮気相手の方が若くて可愛いですし、妻とは新婚以来ご無沙汰で、家事もやらされているんです。今の婚姻生活を続けるよりも浮気相手の方がよっぽどいい。山の会はただきっかけに過ぎません」
「それでも……」俺は静かにしろと言われても声を大きくしてしまう。
「山本さん、次の山の会はいつですか?」木下はいきなり話題を変えた。
「えっと……毎週末やってますから、次は明後日ですかね?」
「わかりました。それまでに再婚したら、明後日の会には参加できますかね?」
はあ? そんな急に……
俺は口でも心の中でも呆れて何も言えなくなった。
「場所は山昇炎ですよね?」
山昇炎とはいつもの居酒屋の店名だ。
「……はい」
「わかりました。では明後日」
そう言って木下は去っていった。
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