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「カオちゃんと暮らしてて、女の人……というか、人間って怖い人ばっかりじゃないんだなって思えて、この一年幸せだったから。これはそのお礼、みたいなやつ。……迷惑だった?」
そんなはずが、ない。
私は唇をかみしめた。一人には慣れていたつもりだったけれど、でもどこかで、毎日誰もいない部屋に“ただいま”を言う虚しさを感じていたのも事実だったのだ。
もし、自分がもっと両親に寄り添えていたなら。
大学や会社で、友達の一人でも作れていたなら。
毎日冷たい部屋に帰ってきて、カップ麺を食べるだけではない人生があったのかもしれない、なんて。どこかで思っていたのもまた確かなことで。
「……迷惑じゃないけど」
思わず、言ってしまう。
「あんた、成仏しちゃうんでしょ、そのうち。幽霊なんだから」
一緒にいてくれて嬉しいと思えば思うほど、現実を突きつけられる。結局彼はこの部屋から出られない幽霊。本物の恋人にも家族にもなれるはずがない。
そうなるくらいならいっそ呪い殺してくれた方がいいかもなんて、口を滑らせてしまったこともある。それはきっと、たぶん、恐らく。
「うん。いつかは成仏するよ。しなきゃいけないんだと思う」
蒼衣は苦笑いしながら私に言った。
「でも、困ったことに。今はカオちゃんっていう未練があるから、どうしようかなって思って」
「私のせいなわけ?」
「うん、カオちゃんのせい。どうしようね、カオちゃんと一緒にいるのすっごく楽しいんだけど」
「…………」
私もだよ、とは心の中だけで。
でも、このままいけば、彼が悪霊になってしまう可能性だってあるのかもしれなくて。それだけは絶対嫌で。
何より私は、最初に出会った時に約束してしまっているのだ。――いつか私が、彼を成仏させる方法を見つけることを。だから。
「……私だって、いつまでもこのアパートに住んでるわけじゃ、ないし」
ボロボロの、愛しい仮住まい。
そこを出ていく日は、きっと来る。だから。
「その時。あんたにちゃんと……いってらっしゃい、って言う。だからあんたは、それで成仏しなさいよ。でもって……いつか、私があんたのところに言った時、ただいまって言うからさ。だから」
「ああ、そっかあ」
やや頭の足りない青年は。
へにゃり、と柔らかくも可愛い顔で笑って頷くのだ。
「それ、いいね。俺、その時は“お帰り”って言うよ。うん、それなら、笑って成仏できるかも!」
「……適当なこと言っちゃって、まあ」
多分まだ、あと少しこのぐだぐだな生活は続く。それでもいいんじゃないかと思っている私がここにいる。
ただいま、から。いつかのいってらっしゃいまで。
その瞬間まで私達はここにいて、当たり前のように笑い続けることだろう。
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