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ただいまから、いつかのいってらっしゃいまで。
「ただいまぁ」
鍵を開けて、室内に向かって挨拶をする。本来、返事なんか戻ってくるはずもない。
この安いアパートは一人暮らしするのが精々の広さしかないし、実際私は一人だけで住んでいる。毎日仕事に行って、夜に帰ってきて、疲れて眠るという寂しい寂しいOLの一人暮らし。故郷を離れたから友達もいないし、彼氏だっていない。
そのはずだったのだけれど。
「おかえりー」
「おー」
部屋の中から、普通に返事。しかし室内は明かりがついていなくて真っ暗だ。中でごそごそと音がする。普通の人ならば、すわ、泥棒にでも入られたか、とびっくりするところだろうけれど。
「ちょっと、電気くらいつけなよ。いくらアンタは夜目がきくからってさあ。こっちは何も見えないんだからね」
私は全く気にすることもなく、ぱちりと電気をつけるのだ。中にはテーブルに御箸を並べている、若い青年の姿がある。
なかなかのイケメン。
しかも私より十個くらい年下の、多分大学生くらい。
とはいえ一人暮らしの部屋に、見知らぬ男がいたら普通警戒するはずなのだけれど。
「あ、ごめんカオちゃん。うっかり忘れてたわ」
彼は気にすることもなくとことことこちらに歩いてくる。――彼の体の向こうには、カーテンが閉まった窓が見える。
そう、彼の体ごしに、窓が透けて見えるのだ。
「この体になってから、こういううっかり多いなー。ニンゲンは、電気つけなきゃ見えないってのにな。あ、お湯はわかしておいたから、普通にお茶は入れられるよ。今日は紅茶と緑茶どっちがいーい?」
「緑茶の気分。Tパックのやつでいいから」
「りょー」
彼の名前は、月下蒼衣。
二十歳そこそこの、ちょっと明るい茶髪の長身イケメン。でもって。
「ところで、あんたいつになったら成仏すんの?それとも私を呪い殺す予定あったりする?私がここに住み始めてからもう一年くらい過ぎるんですけど」
「呪い殺す?うけるー、そんなのあるわけねーじゃん!」
このアパート、“アイザワハイム”302号室に憑りついている、幽霊。
そうこの部屋、ゴリッゴリの事故物件なのである。
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