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事故物件であることは承知の上で、私はこの部屋を選んだ。
理由は単純明快。事故物件であるせいで、家賃が死ぬほど安かったのである。五年くらい前に若い大学生が死んで、それ以来両隣の部屋まで怪異が起きるようになってしまったため、誰も入居者が現れずに困っていたという。
東京の、そこそこ大きな駅から徒歩十分。こんないい距離なのに、家賃が破格の月一万円。むしろもっと安くしてもいいから入ってくれ、みたいな頼まれ方をした。管理会社さんも大家さんも相当困っていたらしい。いろいろお祓いを試したもののどれも上手くいかず、誰かが入居してくれれば収まるんじゃないかと他力本願で考えていたところのようだ。
で、私は一も二もなくOKしたわけである。オバケなんて見たことはないが、それでもオカルト系は好きで興味あったのは確か。それに、オバケが出ても拳でぶっ飛ばせばいいやと思っていたのである。――今でこそしがないOLの私だが、大学まで空手をやっていたので喧嘩にはめっぽう強かったのだ。馬鹿だなあと思うが、その気になればオバケも拳で殴って解決できるだろうと本気で思っていたのである。
その結果。
私は意気揚々とこの部屋に住み、通勤するようになったわけだが。
「うわあん!性格キツそうな人来たんですけど!」
「ああん?」
入居して早々、失礼な声が聞こえてきたわけである。
蒼衣がややドン引きした顔で、カーテンに隠れるようにこちらを見ていたのだ。私はピキ、と青筋を立てて彼に掴みかかった。
「人の顔見て早々、性格キツそうとはいい度胸だなオイ。そこに座れや、歯ァ食いしばれ!」
「ちょ、暴力反対!すぐ暴力に訴えるとか性格キツい通り越してるじゃんんんんんんん!いやあああああああああああああああああああああああ!」
「女みたいな悲鳴上げるな!逃げるな!ていうか透けるな殴らせろおおおおおおおおおおおおおおおお!」
「やだよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!?」
まあ、こんな感じ。
初日から彼を殴ろうとする私と、それを見て絶叫しながら逃げまどう地縛霊という謎の構図が出来上がったのだった。拳でぶっ飛ばせばいいと思っていたのに、蒼衣ときたら体が透けてしまうせいでちっとも殴れやしない。それでいて、透けても殴られるのは怖いっちゃ怖いらしい。
やがて諦めてリビングで正座した彼は、私に事のあらましを語ったのだった。
「やめてよお、俺女の人怖ぇんだってば。ヤンデレな元カノにヤンデレ決められてストーキングされて殺されたからさあ」
「え、なに?他殺だったの?」
「うん。モラハラ決められまくって、もう無理限界ーってなって別れ話を持ち掛けたら、その場で刺された。つか、その場で刺されるってことは包丁用意してたってことだよね?最初から刺すつもりだったってことだよね?怖すぎない?女怖い。無理」
「……まあ、それは同情するけど」
ちなみに初見で私に“性格キツそう”と言ったのは、自分を殺した女性が年上で、しかもメイクの仕方が私に似ていたからということらしい。
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