ただいまから、いつかのいってらっしゃいまで。

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 ***  そんな彼と謎の同居をするようになってから、もうすぐ一年になる。いつの間にか、帰った時に“ただいま”を言うのが当たり前になってしまっていた。彼は私の部屋に住んでいる地縛霊であって、彼氏でも旦那でも友達でさえないというのに。 「え、えっと……」  私はあっけにとられてテーブルの上を見ていた。  テーブルの上には、見事な誕生日ケーキがある。“カオちゃんハッピーバースデー!”という文字が、ホワイトチョコレートの上で踊っていた。 「蒼衣、あんたこれ……作ったの?自分で?」 「あ、ごめん……その、さすがに材料なかったから、ケーキは作れなくって。カオちゃんのタブレット使って、宅配頼んじゃった」  あはは、と頭を掻く蒼衣。 「ケーキなのに置き配とかできないかなーと思ったけど、案外うまくいくもんだねえ。あ、ごめんお金はカオちゃんの口座から落ちてる」 「や、それはまあ、大した額じゃないしいいんだけど……」  彼は、私の誕生日を覚えてくれていたらしい。確かにタブレットが使えるならば、スケジュール帳も覗けたかもしれない。一応設定してある誕生日も、知ることは可能だったかもしれない。  でも私は、まさか今日お祝いしてもらえるとは思ってもみなかったのだ。だってそうだろう。 「……誕生日なんか」  ぽつりと呟く。 「ケーキとか、そう言うお祝いしてもらったの……超ヒサシブリ、なんだけど」  両親とは、昔から折り合いが悪かった。  高校を卒業してから理由をつけて東京の大学に進学したのは、なんとなく居心地の悪い実家を離れたかったからである。両親も、私と溝があることはわかっていたからだろう。無理に引き留めなかったし、学校に強引に押しかけてくることもしなかった。  子供の頃は、ケーキでお祝いをしてもらうこともあったのである。  それがなくなったのは、まさかの私の十歳の誕生日に兄が亡くなってからだった。――誕生日が命日になってしまったせいで、なんとなく、そうなんとなくだけれどお祝い事ができる空気ではなくなってしまったのである。  そして私は大学に進学し、大学の寮に入り、大学を卒業してからは一人暮らしを始めた。一度転職して職場が変わった関係で、一年前にアパートも引っ越すことになり此処に来たという流れだったが。  誕生日に両親からお祝いの電話はかかってくることもあるけれど、それだけだ。  誰かにケーキを用意して待っていてもらったことなんて、もう何年も記憶になくて。 「うん、ヒサシブリなんじゃないかなって思って。……ご両親と仲良くないの、前に聞いてたしね」  あはは、と笑ってケーキを押し出す彼。 「その、俺からのお礼もかねて。ありがとう、一緒に暮らしてくれて」 「……あんたからすると、私の方が後から来た居候みたいなもんじゃないの?」 「まあ、そうなんだけど。……でも、カオちゃん優しいから。殴るぞ、とは言うけど……今のカオちゃんは、俺に拳が当たらないのわかってて殴るフリしてくるだけだし、それに」  心を切り刻むようなことは絶対言わないから、と蒼衣は言う。
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