第六章 遠い山並みの彼方 の巻

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「山南さん、なるべく遠くへ」 「沖田、剣を引いてくれ。早く」 「引けません。引けば、犬兄さんは山南さんを斬りましょう」 犬兄さんとは竹刀や木刀で何度も切り結んでいる。十年以上も剣を合わせている故に太刀筋はよくわかっている。僕には力と技は犬兄さんには及ばない。ならば速さだ! この寒さで肺もどこか冷たい…… 長期戦は出来ない。 沖田は大技にして得意技の神速三段突きで勝負を決めるつもりだった。これまでの京都警護も神速三段突きでどれだけの危機を払ってきただろうか。 試衛館で木刀や竹刀を使って放った時には誰にも破られていない。 一突き目で突かれる奴は多く、真剣で放てば死ぬ奴は多い。 一突き目を凌いで二突き目を見る者は少ない、真剣で放てばこの時点で終わる。 三突き目を見た者は僕以外にはいない。真剣の時は二突き目で死んでしまう故に放てないのだから。 木刀や竹刀での練習の時は三突き目を何度か見せているが…… 近藤先生や土方さん、あの永倉さんや斎藤さんだって何も出来ずに突き飛ばしている。勿論、犬兄さんだって……  沖田は大きく息を吸い、一突き目を放った。犬千代は肺より吐き出される沖田の冷たい空気のニオイを感じ、神速三段突きの発生を察知する。 疾風迅雷の如き一突き目が放たれる。確実に人体急所の喉、もしくは心臓を突きにかかる一撃! 達人級の剣士であっても前に出るも引くも出来ずに死ぬ者は多い。 沖田の目線は喉! 今回は喉に対しての刺突から始まる神速三段突き! 犬千代は首を大きくクイと曲げ、一段目の回避を行う。 やはり犬兄さんには通じないか! 乾坤一擲の一突き目を躱された沖田は嬉しそうな笑顔を浮かべながら僅かに体を引き、二段目の突きを放つ。懐に入り込んでのゼロ距離からの体の中心点である正中線を狙う水平突きである。犬千代は孫六井伊を縦に構えて、大きく薙ぎ払い正中線に対する突きを凌ぐ。 この時点で沖田は薙ぎ払われ正面がガラ空き。本来ならば一旦引いて残心を行い次に備えるべきなのだが、この時点で備えは終わっている。沖田は脇差を引き抜き、三突き目を放った。
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