第六章 遠い山並みの彼方 の巻

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 数刻後…… 沖田が体の自由を取り戻した。座したまま腹を切り力尽きた山南の姿を見た瞬間にその場に蹲り泣きじゃくる。 その傍らには犬千代も座し、合掌して六字名号を只管に唱えていた。沖田は犬千代に尋ねる。 「犬兄さん、山南さんを斬ったのですか」 犬千代は首を横に振り、否定を行う。 「俺が斬る前になって、自分で腹を切った」 「そうですか」 「(みしるし)を近藤さんの元へ。幕府の命を果たしたという証拠を見せなくてはいけない」 犬千代は座したままの山南の首筋に向かって孫六井伊を振り上げた。その刹那、沖田が怒声を上げて止めにかかる。沖田のような優男から出るように思えない怒声を前に手を止めてしまう。 「僕がやる! もう、家族が家族に刃を振るのを見たくない! これでいいですね、」 もう、そこに試衛館の食客部屋にて一緒に暮らしていた「兄弟」はいない。 犬千代はそう思いながら納刀し、沖田もそう思いながら抜刀を行う。 沖田は蹌踉めきながら立ち上がり、座したまま前のめりになって亡くなった山南の首に向かって菊一文字則宗を振り下ろした。 刎ねられた首が畳の上を虚しく転がる…… 痛かったでしょう、怖かったでしょう、悲しかったでしょう、せめて僕が動けるうちであれば…… 屯所での切腹であれば介錯を申し出たものを…… それが僕に出来る最後の優しさ…… それが出来なかった後悔の涙が畳の上に虚しく落ちていく……
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