第六章 遠い山並みの彼方 の巻

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 それから二人は屯所へと戻り、道場にて待機中の近藤勇・土方両名に報告を行った。両名からの労いの言葉は「ご苦労」それだけである。 山南の体であるが、幕府の手によって屯所近くの高縁寺に運ばれ、首と共に埋葬が行われている。 試衛館勢はこの日ばかりは京都警護の任務を新規参戦勢に交代して貰い、各々屯所の自室や旅籠などの自分の(ねぐら)で泣き濡れ喪に服すのであった…… 沖田が犬千代に剣を向けた。その事実を隠したい山南の遺志を守るために犬千代は「隠蔽話(カバーストーリー)」を近藤勇に伝えた「山南は密かに屯所へと戻り切腹した」というものである。近藤勇も「山南さんは一度は逃げ出すも、再び戻ってきて隊規に殉ずるために切腹を行った」と山南の名誉を守るために、犬千代の考えた絵図に乗るのであった。 試衛館勢の中で、それを疑う者はいない。  山南の葬儀が終わり、土方は道場にて二人きりとなった瞬間に近藤勇の胸ぐらを掴んで詰め寄った。 「近藤さん! 何故に犬千代を後詰めにやった! 沖田一人なら…… 沖田一人ならこのようなことには!」 「歳ぃ、やっぱり逃がすつもりだったのか」 「当たり前です! 新選組…… いや、俺達には山南さんは殺せません!」 「さんざ、隊規破った隊士に切腹を命じたくせにそれは都合がいいんじゃねぇのか?」 「くっ……」 それに関しては返す刀もない。土方は苦虫を噛み潰したような顔をしながら黙り込んでしまう。 「まぁ、身内が亡くなるのと見ず知らずの他人が亡くなるのとでは違うもんだ。これからも隊規に従って切腹を命じてくれ。これで、新選組は武士として纏まるからな」 「は、はい……」 「歳ぃ? 実は今回、後詰めには斎藤君を出す予定だったんだ。斎藤君は山南さんのことは尊敬の念を覚えているし、どうにか逃がしてくれると考えていたんだ」 土方は斎藤一と言う人間を見誤っていた。これまで一番粛清を行ってきたのは堅物たる忠義に溢れる気質故のもの。だから身内でも斬れる人間だとこれまで思い込んでいたのである。
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