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そして三日後、犬千代は龍馬からの手紙に書かれていた店「近江屋」に向かおうと足早に西本願寺から一歩出た瞬間、一人の男が話しかけてきた。その男のニオイは「長州藩」のものである。
「あの、少しよろしいでしょうか」
「何か?」
「こちら、西本願寺で宜しかったでしょうか。生き物の悲鳴や、銃や大砲の音が聞こえてくるもので雰囲気が違っていて気になったもので」
「西本願寺の檀家さんでしょうか。住職さんなら本堂にお見えですよ。今の西本願寺は我々新選組の屯所として間借りをさせて頂いているので、雰囲気とか変わるのも仕方ないですよね」
新選組。それを聞いた瞬間に男の顔が青ざめた。その刹那、犬千代は沖田が一番隊を引き連れて京都警護から帰って来る列に気がついた。
沖田は犬千代の姿を見た瞬間に深々と礼を行う。
「ああ、犬千代さん。お疲れ様です」
山南の脱走事件以降、沖田と犬千代の関係はすっかり冷え切っていた。事件以前は本当の兄弟のように「おれおまえ」の関係だったのだが、事件以降は「事務的な会話」しか交わしていない。
犬千代としては沖田は大事な兄弟のようなもの。どうにか関係修復を図りたいと考えるのだが、沖田の方が犬千代に対して冷たい対応しかしない為に成されずにいるのであった。
「あ、あのさぁ…… 沖田。いつか暇を作って島原に行って話を……」
沖田は凍りつくような冷たい目つきで犬千代を見据える。
「一晩いくらの商売女なぞに興味ないです。ところで、最近また長州派の勤王志士が京都に入り込んでるそうですよ。最近は桂小五郎の従者にして、あの高杉晋作の懐刀たるやつが入ってきたそうです。確か名前は『伊藤俊輔』とかって。犬千代さんなら長州藩士のニオイがわかるでしょう、見敵必殺で頼みますよ?」
「あ、ああ…… 時に沖田、最近咳の方はどうだ? 咳に効く薬は飲んでいるのか?」
「そんなの、犬千代さんには関係ないでしょう。それじゃあ、失礼します」
相変わらずつれないなぁ…… 犬千代はまたもや仲直りの機会を逃してしまったと溜息を吐いてしまう。
すると、先程の男が姿を消していることに気がついた。こちらが話をしている間にいなくなってしまった…… 犬千代は申し訳ないことをしたと鼻をヒクつかせて、男の行方を探した。
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