第三章 犬、鴨を喰らう の巻

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 勇之助が厠を済ませた後、沖田は家族の眠る寝室へと送り届けた。 障子を閉じた後、しばし「自分は何のために剣を握るのか」と考え込んでしまう。 だが、益々激しさを増す雨音に遮られて考えが纏まらない。 沖田が土方達の元に戻ると、障子の中より「ぐごー ぐごー」と、地鳴りを思わせる程の高鼾が聞こえてきた。 土方は障子に左手をかけ、後ろにいる三人に目配せを行う。 「いくぞ。迅速に仕留める」 土方が障子を開け、部屋の中へと踏み込む。障子を開けて入る月明かりが芹沢鴨の顔を照らすと、そこに向かって和泉守兼定を振りかぶる。 その刹那、掛け布団が大きく跳ね上がった。掛け布団に視界を防がれるも、焦ることなく布団に向かって和泉守兼定を振り下ろし引き裂く。 掛け布団の中の木綿が辺りに舞い散る。土方が反射的に左手で鼻と口を塞いだ瞬間、目の前に迫る刀の切っ先が見えた。 「土方さん!」 沖田は素早く前に踏み込み、土方直伝の片手平突きを放ち迫りくる刺突を凌ぐ。 突きを放ったのは、芹沢鴨。その風体は珍妙なるもの、なんと全裸に刀一本なのである。 「人様の寝込みを邪魔するたぁ、いい度胸してんじゃねぇか? お!?」 「せ、芹沢さん……」 「寝起きの相手に刀を振っちゃいけませんって、お前らの母様(かかさま)は教えてくれなかったのか?」 芹沢鴨であるが、水戸天狗党時代には常に戦いの中にいた。水戸天狗党の同士が酒で泥酔した後に寝込みを襲われて幕府に捕縛引(しょっぴ)かれたり、膾に切り刻まれる様を見ることは珍しくない。それを行うのが同じ同士であることもまた珍しくない。 その経験からか、浪士組・壬生浪士組・新選組、どの組織にいても「仲間」は信用していない。どのような状態であっても決して誰にも心を許さずにいる。 今日の宴会も近藤勇が持ちかけたもの。近藤勇は下戸の筈なのに、酒を呷りながら光の宿った目線で此方をチラチラと。中身が水なのは明白である。 他の試衛館の奴らも御猪口の裏程度の酒を呷りながら此方をチラチラと。ならば、こちらも酒を酔わない程度に留めての様子見だ。おっと、泥酔した演技も忘れちゃならねぇ。
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