第三章 犬、鴨を喰らう の巻

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 隊士達には一つだけ納得行かないことがあった。犬千代に組長職が与えられていないことである。犬千代の強さはこれまで就任を発表された組長は勿論隊士達も承知のこと。 自分の組長の座を犬千代に譲ってもいいと思う組長は少なくはない。 「以上、新選組組織再編の発表を終わる。只今発表した局長・副長・総長・組長による評定(会議)をこれより行う! 尚、本日の任務であるが、京都守護職よりの下賜により休暇とする!」 評定の場では、近藤勇より衝撃の事実が発表された。 「実は、組長格のみに知らせておくことがある。実はもう一人組長を追加することになった」 犬千代が近藤勇の横に立った。組長皆、それを見て驚く。 「番外隊組長、豊田犬千代! 番外隊は単独行動! 所属隊士はなし! 個人の判断で自由に行動出来る組長とする!」 正直なところ、どういう立場なのかがよくわからない。一番隊から十番隊の隊長はそう言いたげな目で近藤勇を見つめてしまう。 近藤勇はそれを予想していたかのように軽く笑いながら続けた。 「番外隊組長であるが、一番隊から十番隊全ての組全てに自由に所属出来るものとする! 新選組外の組織への所属も可とする! 本日、新選組は芹沢鴨逝去の喪中故に隊士全員に休暇を与えているため、本日の京都警護は京都見廻組が引き受けてくれている! 本日のみであるが豊田犬千代は京都見廻組にて活動を行う! そのことを知るのは局長・副長・総長・組長のみとする! 隊士への口外は許さん!」 近藤勇は犬千代に黒い羽織を差し出した。その背には京都見廻組と白字で染め描かれている。 犬千代は鳥が羽を広げるように京都見廻組の羽織を纏った。 「犬千代。新選組の力、見廻組の者たちに(しか)と見せつけてやるのだ」 「はい、近藤先生」  犬千代を昔から知る試衛館勢は「犬千代の強さなら問題はない」とこの人事に疑問を持つ者はいない。だが、試衛館勢ではない者は「犬千代が強いのは分かるが、あそこまでの権限を与えるのは変だ」と、犬千代の犬の顔よりも近藤勇が厚遇を行うことに疑問を覚えてしまう。この疑問が、大きな歪みになることに…… 今は誰も気付いていない。
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