第五章 犬と龍と海と春 の巻

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 そんな血と脂に塗れた毎日の中、元治元年の九月を迎える。 犬千代は八番隊の巡回任務の列に同行していた。屯所にて八番隊が出陣するところを組長の藤堂に声をかけられ、任務を一緒に行うことになったのである。 八番隊の隊士達も「あの犬千代さんが混じってくれるなら心強い」と大歓迎。  この当時の新選組隊士の風体であるが、浅黄色の羽織はもう着ていない。浅黄色の羽織であるが、最後に着たのは池田屋事件の時。それ以降は、隊士の判断で服装は自由とされている。 だが、新制服として支給された黒装束風の羽織袴が好評でそれを着る者が多い。  犬千代と藤堂は列の後方に二人並び、最近の新選組について語り合う。 「犬千代さん、今日は八番隊への任務参加ありがとうございます」 「いいですよ。今日は見廻組も奉行所も人手が足りてるって言われて暇してたんで」 藤堂はクイと首を傾げる。 「前から思ってたんですけど、奉行所はともかくとして何で見廻組に参加できるんでしょうね? 確かに犬千代さんは強いから呼びたくなる理由もわかりますけど」 「そうでもないよ。見廻組の佐々木さんや今井さんみたいな鬼のように強い人がいるのに何で俺を呼ぶのかわからないよ」 犬千代の言う佐々木と今井とは「佐々木只三郎」と「今井信郎(いまいのぶお)」のことである。二人共旗本の家の出で、家柄は極めて良い。藤堂は二人の名前こそ知らないが、京都見廻組に在籍している時点で二人の家柄は良いのだろうなと思うのであった。 「京都見廻組って、ようは『家柄の良い新選組』ってことですよね? 俺等みたいな百姓や脛に傷を持つ奴らなんか一人もいないんですよね?」 「全員の家柄を聞いたわけじゃないけど…… 全員生まれながらの侍だねぇ。俺みたいな多摩の田舎の捨て子なんかが一緒にいていい場所じゃないと思うんだけど、よく呼ばれるんだよねぇ」 犬千代であるが、京都見廻組の任によく就いている。言っては悪いが、旗本のような家柄のいい奴らからすれば犬千代のような多摩の田舎暮らしの捨て子など木端たる存在。 もしかして「犬の頭を見て楽しむ為の娯楽」として呼ばれているのではないだろうか? 藤堂は犬千代が京都見廻組の奴らに笑い者にされイジメられているのではないかと心配してしまう。
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