第五章 犬と龍と海と春 の巻

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「犬千代さん、見廻組の皆は優しくしてくれるか? 何か嫌なことはされてないか?」 「いえ、全く。葉隠について一刻語り合うこともありますし、食事もよく連れて行ってくれますし、仕事終わりの打ち上げも連れてってくれますし、お風呂とか入っている間に刀の手入れとかもしてくれるんですよ?」  おかしい。これではまるで「お客様」ではないか。家柄の良い見廻組の奴らが、多摩の田舎者を優しく饗しているようにしか思えない。 藤堂もこういった巡回任務の時に京都見廻組と往来でバッタリと出くわすことがあるのだが、あいつはら決して道を空けることはない。藤堂は「こちらが大人になって」と言った感じに道を譲り、深々と腰を曲げ頭を下げて揉め事にならないようにしている。 以前、沖田の一番隊が道を空ける空けないで見廻組と揉めて喧嘩になったのだが、謝ったのは新選組(こちら)だった。 それも、近藤勇・土方・沖田の三人が京都守護職に訪れ、京都見廻組の与頭(隊長)に土下座での謝罪をさせられたと言う。普段は冷静沈着で何を言われても飄々と流す沖田も、道を空けなかっただけで土下座をさせられたことは屈辱の極みで屯所に帰った後は布団の中で泣いていたと言う。 近藤勇・土方も屯所の自室でものに当たり散らして暴れていたと言う……  こんな奴らが、俺達と同じ多摩の田舎者である犬千代に優しく饗していると言うのか? 想像が出来ない。藤堂はそれに不可解さを覚えてならなかった。 「藤堂さん? ちょっといいですか?」 「……ん?」 しまった、京都見廻組と犬千代のことを考えていたら心此処(こころここにあらず)になっていた。藤堂は冷静を装う。
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