泡沫の浪漫

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 男はなぜ高い山の頂を目指すのか。  男はなぜ切り立つ絶壁に挑むのか。  答えは、そう。  そこにあるから。    問題は、そう。  どちらを選択するのか……。  男・山神(やまがみ)は腕を組んで悩んでいた。    ズラリと並ぶ華やかな写真の前でじっくりと。 「山神ちゃん、まだ悩んでんの〜?」  妙に光沢のある紫のスーツを着たガタイの良い店長が、僕の貧相な二の腕をツンツンと(つつ)く。  彼の筋骨隆々の体にはスーツサイズが少々タイトに見える。 「男というのは目の前に山や壁が現れたら……」 「あ、そういうのは良いんで。早く決めちゃってくださーい。今日は?それとも?」  薄着で愛想の無い受付嬢が片肘を付き、客である僕に対してうんざりした表情を隠そうともしない。  それほど気心知れた馴染みの店だ。 「ねぇ山神ちゃん。そもそもって表現、失礼じゃない?セクハラよセクハラ。リリーちゃんだって少々は……うーん……少々……なだらかな、丘?」  店長が腰をくねらせながら、僕の表現に寄せてくれるが、実際のところ店長のイカつい胸筋の方が遥かに雄大だ。 「店長。僕は、一人の男として、常に過酷な環境に身を置き挑戦する姿勢でイキたいんだ。冒険に心躍らせ、頂を目指して突き進めば、時に深い谷間に落ちることもあるだろう。それもまた一興。つまりなだらかな丘では自分自身を甘やかすことに……」 「はいはーい。では本日、山神様のお相手はGカップのネネちゃんに決定でーす」 「あぁ、でももう少し熟慮の時間をくれ。壁には壁の魅力と神秘性があってだな……」 「山神ちゃん、知ってると思うけどウチ、複数プレイはやってないのよ。どっちか選んでもらわないと。また馬券当てたら次は壁に挑んでちょうだい」 「この世は泡沫(うたかた)の如し……」 「ソープランドだけにね……って上手くないわ。いいから早よ個室行け」  こうして僕は受付嬢に尻を叩かれつつ、今日も豊かで美しい山の景色を堪能するため、クレジットカードを受付に差し出すのだった。
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