武装

1/1
前へ
/13ページ
次へ

武装

(たっぷりと可愛がるって…俺を?アレがそうだったのか?)  閃迅は昨晩晩猶と共に風呂に入り、同じ寝台で共に寝たことを思い出し顔を俯かせた。そして皇帝に対して無礼とも取れる、自分が発した数々の言葉を思い出してしまい、隠れられるなら何処にだって隠れたいとその場にしゃがみ込む。 「どうした?迅」 「う…いや、その…」 「あっはっは!もしや昨晩の情事でも思い出しているんじゃないだろうねぇ?どれ、姐さんに話して御覧よ?」  俯く閃迅の顎に手を伸ばし、くいと持ち上げる。蟒蛇を見上げた閃迅の目は、微かに潤み何かを恥じらう表情をしていた。 「…その辺にしてやれ。”オレの迅”が困っているだろうが」 「おお、怖い怖い。そうさね、仕事に戻るとしようか」  閃迅が喉奥で唸り声を上げると、蟒蛇はおどけた様子で閃迅から手を離した。晩猶が閃迅の首根っこを優しくつまみ、ゆっくりと立ち上がらせる。 「迅、こいつの言葉をいちいち気にするな。本気にする必要などない」 「それは分かってるけどさ…昨夜(ゆうべ)、色々おまえに言っちゃったから…」  閃迅の言葉に晩猶は顔色を変えることなく、無言で閃迅の頭を撫でる。まるで気にしていないとでも意味しているようなその優しさに、閃迅は安心しつつも申し訳なさが募ってしまう。だが蟒蛇が商品の陳列棚を覆い隠している布を全て取っ払うと、それまでの憂いが全て吹き飛んだかのように商品へ噛り付いた。 「うわっ…カッコいい…!」 「そうだろう?全部あたいが品定めして仕入れしたモンさ。舶来ものの剣舞ダガー、暗殺用の短剣、護身用の短いナイフまで…同じものはひとつとしてないよ」 「短剣って…こんなに種類があるもんなんだな」 「ひとつひとつ手に取って、馴染んだものを選ぶといい。愛着が湧くと身体の一部になるぞ」  晩猶が己の背に負った戦斧の柄を握る。この武器も晩猶にとって唯一無二の相棒なのだろうと、閃迅は納得するように頷いた。閃迅は天幕の下に並べられた武器をひとつひとつ手に取っては品定めしていく。刀身にちいさな宝石が嵌め込まれた美しいダガー、柄に美麗な細工の施されている異国のスティレット、無骨なごく普通の短剣など、実に様々だ。 「…これはちょっと重いな…うーん、次のは軽すぎるし…」  あれやこれやと手にするが、しっくりくるものに出逢えない。とうとう最後の短剣に辿り着くと、まず目を引いたのは鍔に刻み込まれたエングレービングだった。美しい銀色の狼が駆け出しているようなその彫刻をひと目で気に入り、閃迅はこれだとその短剣を手にする。 「これに決めた!…うん、何て言うか…この手の平に吸い付く感じ、いいなぁ…」 「お目が高いねぇ。それは狼邪(ろうや)のとある職人が最期に創った短剣だ…切れ味は保証するよ」  喜んでいる閃迅の横で、何故か晩猶が狼狽えその短剣を食い入るように見つめていた。  「…これを、何処で…」 「それは業務上の極秘事項でねぇ。たとえ皇帝サマでもおいそれと口にはできないよ」 「……」 「あれ…狼邪って、晩猶の…」  晩猶が生まれ育った故郷の名を思い出し、閃迅が何か言い掛けたが遮るように晩猶が財嚢を取り出した。 「迅、それでいいなら代金を払うから鞘に治めろ」 「あ…うん。ねぇさん、これに決めたよ」 「商談成立…と言いたいところだけど、これはあたいからの餞別だ。大事におし」 「えっ、いいの…?」 「いいんだよ。さて、次は防具だね…そっちはキッチリお代をいただくよ!」  浮かない顔をしている晩猶の顔をチラリと見上げ、少し不安そうに閃迅が頷く。果たして自分が惹かれたこの剣にどのような曰くがあるのか、口にしたくとも憚られる気がしてならなかった。
/13ページ

最初のコメントを投稿しよう!

3人が本棚に入れています
本棚に追加