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変貌
少し遅めの朝食で腹を満たした閃迅は、晩猶に食事を勧めるも彼は頑なに食べないと断り、少し気まずくなりつつふたりは隣に並んで通りを歩く。今度こそ服を購入しようと服屋へ向かう途中、閃迅はふと視線を落として自分の両手首を見る。何かの呪いのように刻み込まれた刺青状の環は、変わらず手首をぐるりと一周して鮮明に残ったままだった。
「…袖のない服、着れないかなぁ」
「首筋は焼印がある故、隠す必要があるだろうが…手首も何か気になるのか?」
「えっ…?これ、見えてないの…?」
閃迅がヒラヒラと手を翳し、刺青のある箇所を見せる。しかし、晩猶は依然と首を傾げているばかりだ。
「何も見えんぞ」
「えーっ…何でだ…?」
「もし…人狼に識別出来ない色の塗料が使われていたら、あるいは…」
「そんなことあるのか…?人になった晩猶なら、見えるといいんだけど。何か書いてあるのに俺は読めないんだ…」
「どうかな。確約はできんが、試してみる価値はあるだろう。今宵も満月故、暫し待て」
「あ、…夜想帝国の満月って、確か3日続くんだっけ」
肯定するように頷くと、晩猶は足を止めてひとつの建物を指差した。露店ではなく、しっかりとした造りの商店だ。扉を叩くと中から耳の尖っている痩せた男性が出てきて、不機嫌そうにじろりと閃迅を見下ろした。身長は晩猶よりも小さいが、閃迅よりは頭ふたつ分程大きい。
「すまん。まだ寝ていたか?」
「いいですよ。…晩猶の旦那の連れだったら話は別だ」
「飯屋の店主から連絡は来ているだろう?首尾はどうだ」
「準備はできてます…中へどうぞ」
閃迅は不安そうに晩猶を見上げるが、彼は閃迅の頭をぽんと撫でるだけで招かれるまま室内に入る。屋内には衣服の置かれた棚や姿見、装飾品に至るまで実に多種多様の品揃えだ。
「ここって、服屋?」
「ああ。嵐は穣華一の服屋…だと思っている。品揃えも見繕うのも一流だ」
「へへっ、皇帝サマにそう言われたら、悪い気はしないねぇ…」
「…あれ?お兄さん、耳…獣人?」
先程まで尖った耳の生えていた場所には何もなく、頭頂部に狐のような耳が生えていた。人狼と違うと思った理由は、獣耳と臀部から生えているふさふさの尻尾が文字通りきつね色だからだ。
「そーだよ。俺は嵐山、気軽に嵐って呼んでくれ。晩猶の旦那とは古い付き合いでなぁ」
「あっ、俺は閃迅…その、晩猶様の…おともで、穣華を初めて歩いているんだ」
「おともっていうより婚約者だろ?確か…まさかこんな可愛い男の子だなんてな」
「…五月蠅い…!その話題は二度と触れるなと言ったであろう!」
晩猶が苦々しく吼えると、嵐山は悪びれもなくテヘへと笑う。どうやらこの男は蟒蛇と同様、晩猶の過去を知る古い付き合いのある間柄のようだ。
「へへっ、いけねぇ…とりあえず閃迅、鏡の前に立ちな」
「あっ、ハイ…!もしかして…」
「ああ、この皇帝サマの言いつけで、予めおまえさんの服を見繕っていたのさ。今着せてやるから、着ているものは防具も含め脱いでくれ」
「こっ、ここで⁉」
「...問題あるのか?既に裸の付き合いをしているではないか」
「それは、そうだけど…」
狼狽える閃迅の様子に何を思ったのか、晩猶が傍らの衣類駆けに立て掛けてあった大きなマントを羽織る。その中に閃迅を引き入れると、すっぽり姿を覆った。
「この中ならひと目につかぬだろう。案ずるな、嵐は何もかも知っておる」
「あ…ありがとう、晩ちゃん……」
閃迅の目の前にあるのは晩猶のフワフワな腹毛で、今すぐ抱き着きたい衝動に駆られてしまう。着ているものを脱いでいると肌が擦れ、そのくすぐったさに思わず笑ってしまった。
(ふわっふわだ…何だこれ…一生此処に住みたい…)
籠手と脛当て、短剣は一度外し、少し考えてから素肌に直接装着する。身に着けている衣類は下着のみとなり、これ以上脱ぐものはないと判断した閃迅は、マントの継ぎ目から顔だけ出して嵐山に声を向けた。
「あっあの!服、脱いだので着替えを…」
「えぇ?鏡の前に立ってよ。直接俺が着つけたいし」
「う…」
渋々晩猶が作ってくれた天幕から姿を現し、姿見の前に立つ。嵐山は素早く閃迅の下半身を覆う臙脂色の袴を穿かせ、上半身は袍のような衣類を着せていく。瞬く間に素肌が覆われ、中華風の道服のような格好になり閃迅は目を丸くした。
(『夜想帝国』で見たことがある…穣華の民族衣装だ!)
「ふむ…これなら良かろう。報酬は後程部下に届けさせる」
「へへっ、まいどあり。露出を減らして、紅色を基調とした穣華の服って言ったらこれが一番だろうと思ってなぁ。なかなか似合うじゃん?」
鏡の前で呆けている閃迅の頭を撫で、短剣を差した腰帯を装着させると見違える見た目となった。先程まで閃迅が着ていた衣類は、纏めて麻袋に入れ晩猶が持ち上げる。
「晩ちゃん、それどうするんだ?」
「持ち帰って洗い、夜になったらオレが着るが…」
「それ…俺の寝巻にしていい…?」
閃迅の要望を聞いていた嵐山は大きく口を開いて笑い出し、晩猶は何となく恥ずかしそうに頬の辺りを搔く。本人がそれでいいなら、と付け足して気を取り直し、店から出ることにした。
「……邪魔したな。恩に着る」
「いえいえ!またのお越しを~」
新たな装いを纏った閃迅は何処となく誇らしげに晩猶を見上げ、おおきな手を握り帰路につくことにした。
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