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「…なんだったんだ、あれは…」  帰宅後、迅は謎のコインをテーブルに置き、早速テレビとゲーム機の電源を入れた。起動画面が映るとすぐさまコントローラーでゲームの購入済みコンテンツを選択し、ダウンロードを開始する。ダウンロード限定版には限定壁紙とゲーム内で使えるアイテムが、店頭販売されているパッケージ版には夜想帝国に住まう架空のキャラクター、「晩猶(ばんゆう)」のアクリルスタンドが同梱されており、迅はどちらも購入している。ゲームのパッケージは開封せずコレクション棚に追加され、特典の梱包だけ解いてアクリルスタンドを組み立て、テレビ台の角に設置した。彼は人狼から皇帝に成り上がった男で、逞しい体型に似合う巨大な戦斧を振りかざし、作中の敵である侵略者から国を守ってきた。国中の女性キャラクターたちの羨望の的だが、人狼なだけあって粗暴な一面もあり、性格にやや難があるとされている。迅は未だにゲーム内で遭遇したことはないが、彼が理想とする「強くて逞しい統治者」として憧れている相手ではあった。 「はぁ~かっけえ!リアルで会えたら晩猶と酒を酌み交わしてぇな…あとあの腹をもふもふしてやる」  ひとりにんまりと笑い、パスワードをゲーム用キーボードで打ち込んでエリア解放データをインストールした。だが数分経過したのち、進捗度合いを現すゲージがびくともしなくなった。 「…あれ…おっかしいな?」  不審に思った迅はコントローラーを動かそうとしたが、どのボタンを操作してもアイコン自体動かない。もしや初期不良でフリーズしてしまったのかと絶望しかけた、その時である。 『あなたはTANUCOを所持していますか?』  謎のメッセージと共に、画面右端から猫のような狸のような生き物が現れる。  何事かと頭で理解しようとするが、何も分からないうちにコントローラーを握る手のひらがべしょべしょに汗をかいてきた。「はい」か「いいえ」の選択ボタンが表示されているが、否応なしに「はい」が選択される。 「なんでだ!」  叫ぶ迅を余所に、画面はまた切り替わる。謎の生き物が器用に後ろ足で立ち上がり、両手で「あてんしょん」と書かれた旗を掲げていた。 『ようこそ夜想帝国へ!ごゆっくりとお楽しみください』 「いやタヌコって何なんだよ…おまえか?」  人気コンテンツの最新版はこうも導入が怪しいものなのだろうか。今までこんなことが起きたことはなく、迅は天井を仰ぎ見て、自分を落ち着かせるため目を瞑り深呼吸する。高校の頃、文芸部員であった友人が書いた小説の主人公と、筆者である彼が入れ替わってしまう事件があった。まさか自分も同じ目に逢うことはあるまいと言い聞かせる。  ふう、と息を吐いて次に瞼を開いた瞬間、迅の視界には見慣れた小汚い自室ではなく、見たことのない景色が広がっていた。
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