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穣華の街並み
穣華の街に向かう最中で、手にした銀色の月をまじまじと見上げる。閃迅は感嘆の声を上げた。
「…すごい…キラキラしてる」
「おまえを護る玉佩だ。いいと言うまで外すなよ」
出発前、閃迅は晩猶から身に着けるようにと渡されたペンダントのようなものを首から下げていた。本来であれば腰帯に括りつけて使用するものであったが、剣帯に接触してしまう為首からぶら下げることにしたのだ。
人通りの賑やかな、それでいて素朴な街並みのを歩いていると、一斉に視線が向けられる。閃迅はたじろいでいるが、隣を歩く晩猶は平然としていた。そしてそれらは殆どが晩猶に向けられているものだ。
「おはようございます、晩猶様」
「うむ、おはよう」
「あっ!晩猶様、またうち寄ってくださいよ!」
「おう!次は負けぬぞ」
「おいたん!お花でち!」
「ああ、ありがとな」
声を掛けられれば手を振り、まだ年端のいかない幼子が走り寄って来るとあれば晩猶は巨体を屈めて応対する。快活に笑う晩猶の様子を見ていると、民から恐れられているのは嘘ではないのかと思ってしまう。
しかしそれは穣華に限ったことなのかも知れず、直ぐに判断するのは早計だと閃迅は冷静に観察していた。自分を見られることも話しかけられることもなく、まるでそこに自分が居ないかのような街人の振る舞いに、閃迅は次第に不安になってくる。あれだけ弾んでいた足も重くなってきた。
(まさか、誰にも俺が見えていないのか…?)
閃迅の歩みが遅くなったことを感じ取り、時折彼を待つように晩猶が歩みを止める。そして閃迅をちらりと見遣り、何だか悲しそうな表情を浮かべてすぐに視線を逸らした。
「……?」
緩慢な動きで晩猶に追いついた閃迅は、唐突に晩猶のすらりと長い毛むくじゃらの足に膝カックンしてやりたくなった。しかしへそを曲げられて買い物を反故にされては困るので、ひたすら我慢する。街を出るゲートのような高さの扉の前に立っていた住人へ、晩猶が何か問い掛けるのをぼんやりと聞いていた。
「…今日は武具を見に行くのだが、蟒蛇(うわばみ)は来ているか?」
「へぇ、蛇姐さんなら朝市の中央に店を構えていやすよ」
「わかった。行ってみよう」
晩猶が無言で閃迅に向き直り手を伸ばすと、閃迅が同じように手を伸ばして晩猶の手に重ねる。晩猶は固くなった肉球の手のひらで閃迅の手を包み、開かれたゲートの扉をくぐった。
その瞬間、閃迅は目を大きく見開いた。
鮮やかな色合いの屋台にうねる人の波、威勢のいい呼び声。そして様々な匂いと音が閃迅の五感へと一気に流れ込んでくる。先程までの街並みとは打って代わり、活気に満ちた場所のようだ。
絢爛豪華な衣服に身を包み、爬虫類のような鋭い視線と形相をした女が様々な武器や防具を展示している。その店の横で大鍋を振るうのは大柄な人間だが、売り子をしているのは猫耳が生えた獣人だ。
「うぉ……!すげー!」
「迅、玉佩を外せ」
「ん、ああ…!」
言われた通りに首から掛けていたものを外すと、先程とは違い店先にいた店員たちがチラチラと不思議そうに二人の様子を窺う。傍らに立っている晩猶を一瞥し、ひとりの商人らしい女が声を掛ける。顔半面を覆うのは緑色の鱗で、爬虫類のように鋭い目が食い入るように閃迅を見ていた。
「おや、晩猶と…その連れかい?」
「ああ。武器と防具を探している」
「何が得意かにもよるけど、見たところ身体が細いしすばしっこそうだね。短剣がいいんじゃないか?」
値踏みするように閃迅の頭の先から爪先まで見ると、蛇の目が細まり真っ赤な唇がにたりと笑った。正しく蛇に睨まれた蛙のように固まってしまった閃迅の頭をわしわしと撫で、晩猶が励ますように肩を叩く。
「此奴は蟒蛇と言ってな。まぁ、見た通り武器や防具を見立てている武具商人だ。怖くないから案ずるな」
「フン、お子様には刺激が強すぎるかもねぇ。よく見れば可愛い顔してるじゃないか…あんた、名は?」
せ、と言いかけた閃迅を遮るように晩猶が口を開く。閃迅と言ってしまえば真っ先に幽閉されていた罪人であることが知られてしまう為、閃迅は自然と口を噤む。
「此奴は迅だ。…手を出すなよ」
「アッハッハ!生憎と皇帝様のモンに手を出す趣味はないね。なぁ、可愛がって貰ったかい?」
「その…えっと」
にやけた顔で蟒蛇が揶揄うと、閃迅は反抗しようにも昨夜の出来事を思い出してしまいぐうの音も出ない。一方晩猶は飄々とした顔で頷いた。
「そうだな。それはもう、たっぷりと。…悪いか?」
「えっ!?」
「いいやぁ、いいとも!精々壊れないようにしてやりな。それよりも短剣と防具、見るんだろ?」
様々な武器が並ぶ棚を見上げるも、閃迅は今しがたの会話が頭にこびり付いて離れなかった。
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