過剰包装

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 適度な包装が苦手だ。荷物には包装が付き物だが、前時代的な人間である私は未だ「適度」を測りかねている。  半世紀以上前から叫ばれていた、過剰包装問題に対する削減方法とその計画。不必要な資源の使用と増加を避け、持続可能でより良い世界を作る為として、計画はつい先日、実行に移された。  熨斗や可愛らしい包装紙の文化はいつの間にか消えてしまい、スーパーマーケットに並ぶ商品は個包装のお菓子を筆頭に、徐々に包装が少なくなった。野菜はおろか、精肉鮮魚までもが量り売りが主となっている。陳列棚の奥にいる店員さんに、どの商品をどのくらい欲しいと伝えれば、専用のパックに入れてくれる。不必要にパックやラップを使う必要が無く、お店側も随分楽になったのではないか。  包装が簡素化するに伴って、新しい資材が次々と開発された。今まで中身を保護する目的もあった包装が最低限になった代わりである。自ら必要なもの、例えば冷蔵食品を二時間ほど持ち歩く際の保冷剤など、を持ち込む人もいるが、想定外の買い物で手元にない場合もある。  保冷剤が無くとも三時間程度ならば温度を保ってくれる保冷バックや、荷物を送る際の衝撃吸収用パットなど。これらのおかげで、割れ物をウレタンシートで包んで、更に気泡緩衝材でぐるぐる巻きにすることはなく、ダンボールの四隅に新聞紙を詰める必要もない。  けれど、現在における過剰包装に慣れている人間はこんな薄っぺらなもので大丈夫なのか? と心配になる。  今年から大学生になり、独り暮らしを始めた息子の雄大には 「最新技術を信じなって、房恵さん。この前試しに送ってくれた仕送りだって全然無事だったんだから。桃が傷んでもなかったんだよ。柔らかくてめっちゃ美味しかった。大丈夫だって」  と電話越しに言われている。  まぁ、それなら……と思いつつも、いざ荷物を詰める段階になると怖気づく。最新のものはそれなりに根が張ることもあって、ダンボールと比較的安価な衝撃吸収マットばかり使っている。十分に衝撃吸収性はあるらしいが、それでも中身が壊れたりしないかと不安になり、「あと一枚、あと一枚……これでお終いにするから……」と言い聞かせながら、新聞紙を隙間に詰め込みまくっている。  夫の昌義も割かし最新技術を疑ってかかる性質なので、「良いんじゃないか。入れておけば何かあっても無事に届くだろう」と、古い新聞紙を何部も残しておいてくれている。    さて、本日は月に一度の息子への仕送りの日だ。荷物の中身は、送って欲しいと頼まれたものの他には食料品が多くなる。やはり食べるものに困って欲しくはない。  キッチンにダンボールと輸送専用資材を並べ、じっと眺める。  前回はあまりに衝撃的だったので、クール宅配用資材を使い、仕送りをしてみた。見た目は唯の保冷バッグだったのに、緩衝材としての役割もちゃんと果たし、更には予冷効果もある。一時間前に送りたいものを入れておけば、六時間も冷蔵庫の中で荷物を冷やす必要が無い。気が抜けて、溜息ばかりが出てしまう。  今回は緩衝材要らずの箱状資材だ。箱と言うより、ただの白い四角で、120サイズのダンボールと同じ形をしている。見た目だけは発泡スチロールに似ているが、触ってみれば全く違う。水に溶かした片栗粉の様な。  蓋はあるものの、どこにも物を入れる空間がない。説明書には「お荷物を乗せて頂くことで、お荷物にフィットした空間と緩衝機能をご提供します」と書いてある。技術に関して詳しいことは分からないが、兎に角、送りたいものを箱に乗せるだけでいいらしい。  バラ売りが基本となった袋ラーメンを五つ、縦に並べて、適当な場所に乗せてみる。すると、説明書の通り、空間が生まれ、四角の中に沈み込む。袋上部は見えている。少し出ている部分は最後に押し込むらしい。  次はツナ缶を二つ入れる。缶ものは随分と大きくなった。小さな三つ入りが大きな一つに変わったので、量が多く使いにくい。  密着しすぎると緩衝機能に影響があるとも書いてあったので、少し離して入れてみる。袋麺との間に壁を作りながら、ツナ缶も同じ様に沈んでいく。  送りたいものをどんどん入れて行けば、結構な量が白い箱の中に収まった。米もしっかり入ったし、持ち上げてもガムテープが剥がれ、底が抜けることもない。ダンボールの中に新聞紙を敷く必要もない。  未だ見えている上部をぐっ、と押し込めば、荷物は完全な白いだけの箱になる。蓋を閉め、テープで蓋が開かない様に留めてしまえば完成。後は送り状を貼りつければ、もう送ることができる状態になる。荷物を送った資材は勿論使い回しが可能。凄い。とても楽だ。これだけで良いのなら素晴らしい。  だが、しかし。  私は閉めた蓋を再び開く。開くと、沈めた荷物がにゅっ、と顔を出す。  食材を取り出し、新聞を巻き付けて箱に沈める。全て同じ様に沈め直していく。壁と食材の間には更にグレーの壁が出来上がった。やはり箱だけでいいとは少し信じられない。輸送中に缶が凹んでしまう事故はよくあることだ。ツナ缶の下は特に念入りに新聞紙を巻いていく。  雄大、ごめんなさい。お母さんが最新技術を理解するには、もうちょっと時間がかかるみたい。次は新聞紙なしで送れるように頑張るから。  心の中で謝りながら、蓋を閉め直す。更に包装紙で包んで、運輸会社の営業所へ持っていく。    三日後、メッセージアプリの通知が鳴った。雄大からだった。 『新聞紙入れなくても良いって言ったのに』  と、荷物の写真付きでメッセージが来ていた。中身は全く無事だったが、新聞紙が散乱しており、ゴミが増えるから止めてくれと言いたいのが、痛いほど伝わってきた。 『ごめんなさい。どうしても不安で』  そう返せば、『いいけどさ』とすぐに返信が来た。テキストボックスにノロノロと謝罪を打ち込んでいると、更にメッセージが送られてくる。 『房恵さんのとこに荷物送ったから受け取ってね。そのうち届くと思う』 『荷物?』 『うん。午後九時くらいで時間指定してあるけど、受け取れない時間だったら変えて』  向こうからの荷物も大体三日後くらいに届くだろう。専業主婦なので、家に居ようと思えばいつでも居られるが、日中は配送時間が読み難いこともあるので、夜指定にして貰えるのは有難い。  輸送会社からの配送メッセージも届き、なんだろう、なんだろうと雄大からの荷物の中身を気にして、そわそわしている内に荷物は届いた。  やはり三日後で、夜、チャイムが鳴った。リビングの二人掛けソファで昌義と共にテレビ番組を眺めている最中だった。  私が立ち上がるよりも先に反応した昌義が 「はい」とインターホンの通話ボタンを押す。 『こんばんは、白猫宅配です』 「ああ、お疲れ様です」  通話を切り、リビングを出て行く。戻ってきた夫は小さな白い箱を抱えていた。一目で、あの資材だと思った。 「雄大からだった。房恵宛だけど」 「荷物送るって言ってたのよ。なにかしらね」  ありがとうと言って、昌義から荷物を受け取る。蓋には壊れ物のシールが貼られている。重たくはない。  私の隣に座り直した昌義は興味深そうに荷物を、と言うよりも箱を眺めている。 「これが噂の緩衝材付き輸送資材ってやつ? 初めて見た。面白い触り心地だな。ぐにゃぐにゃしてるようで、してない」 「そうなのよ。発泡スチロールでもないし……なんとも言えないわよね」  箱を閉じている透明なテープからは、既に一度テープを剥がした跡が見えた。私が送った荷物の資材をそのまま使ったらしい。テープを剥がし、蓋を取る。蓋が外れると、中に沈んでいたであろう中身がにゅっ、と浮き上がってくる。  出てきたのはペアマグカップだった。透明なカップで、温度の影響を受けにくいように二重構造になっている。二重構造のグラスは割れやすく、長距離の輸送にはあまり向かない。本来ならそれに入っていたであろう黒色の箱は、グラスが浮き上がってきたところの上のスペースから顔を出した。  私と昌義は慌てて、マグカップを取り出す。破損はおろか傷すら一つも付いていない。  割る前に一旦、本来の箱に仕舞おうと、黒い箱の蓋を取ると、中には一枚のメッセージカードが入っていた。見れば、雄大からだった。 『割れてないでしょう? 二人共安心して使って』
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