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こんな屈辱は初めてだった。
マールが何年も掛けて、少しずつ成り上がってきた今の地位を、この目の前のケーキは凌駕していたのだ。
くどく無い甘さ。
口に入れた瞬間、広がる程よい苺とクリームのハーモニー。
舌の上で、蕩けそうなスポンジ…。
まさに逸材にしか作れない、才能に溢れたケーキだった。
偶然では片付けられない、そんなケーキ。
『あんな見習いが、私のケーキを超えただと…』
相手は、見習いどころか今日、初めて修行を始めたばかりの若僧だ。
認めない。
いや、認めたくない。
認めた瞬間、マールは自分が積み上げてきた努力と苦労を否定されたような気持ちになるからだ。
マールは、ケーキを思わず投げ棄てようとして、ある腹黒い思惑を閃いた。
『そうだ…そうすれば良い』
マールはケーキを見ながらニタァと凶悪な笑みを浮かべた。
このケーキを明日から、マールが作ったものとして店に売りに出す。
そうすれば、自分のプライドも名誉も守られる。
幸い、千夜はまだフランス語のスキルが少ない。
フランス語で宣伝すればバレることは無いだろう。
その上で、千夜には修行という名目で様々なケーキを作らせ続ければ良い。
いわば、自分の影武者。
バレたとしても、見習い風情が店主に刃向かったら、即日本にSNSで、千夜の悪行を晒してやれば日本でパティシエとしては、やっていけなくなる。
我ながら良い考えだ。
マールは自分の企みに酔いしれながらケーキを貪り食べた。
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