ハプニング

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 部屋へ戻ると、食事の支度が出来ていた。文字通りテーブルに並べきれないご馳走の数々で、小さなテーブルが継ぎ足され、そこにも料理が乗ってるお皿があった。  北海道に生まれて家族や友達と海の幸を食べに旅行をしたが、これは一番豪華かもしれない。鮑だけで陶板焼き、刺身、天ぷらと三種類もあった。  健史は浴衣のまま座椅子に座っていた。肌のつやが良く、美形の顔がさらに美しく輝いて見えた。こんなイケメンと付き合っているなんて夢じゃないか。古典的だが試しに頬を抓ってみる。痛くてホッとする。 「わぁ〜、すごっ!」 「上司に薦められたけど、本当にすごいね。来て良かった」 「うん、誘ってくれてありがとう」 「……あのさ、食べたら話があるんだ」  …………?  改まって何の話だろう?ここでまさか別れ話はないだろうが、彼の顔からして良い話ではないようだ。しかし、先ほどの彼女と九時から飲む約束をしてしまった。 「あ、あのね。もう一組のお客さんいるでしょ?」 「ロビーにいた女の子?さっき一人しか見なかったけど」 「そう。その子とお風呂で一緒になって、少しお話をしたの。クリスマスなのに、東京から一人で来てるって聴いて……。私の中のお節介なおばさんが発動しちゃって、部屋に遊びに行く約束をしたの」 「……えっ?」  健史は負荷のかかったパソコンのようにフリーズしてしまった。無理もない。自分がお金を出してクリスマスを一緒に過ごそうと思って、彼女である私を連れてきた。気分屋でマイペースの彼だって、この晩を楽しみにしていたはずだ。でも……後日、若い女子の旅先で起きた悲劇なんていうニュースは見たくない。天秤にかけるのであれば、私は若い子の命をとる。我ながら酷い彼女だと思う。 「ほ、ほどほどにして帰ってくるから」 「……………」    彼は眉間に皺を寄せる。ショックを受けているようだ。こんな落胆した顔、初めて見た。 「ほんと、ごめん。後で健史くんの話はちゃんと聴くから」  神社で祈るように手を合わせると、彼は視線を交えず、俯いて返事をした。 「……分かった」 「ありがとう。はぁ~、お腹すいた。健史くん、食べよう!」  二つの陶板焼にチャッカマンで火を点けた。  一時間半かかって海の幸を食す。鮑も絶品だったが、蟹の天ぷらやたちのポン酢も新鮮ですごく美味しかった。お腹がパンパンで二人とも残してしまった。 「はぁ~、ご馳走さま〜。食べ残しクール便で送りたいわ。三日分のご飯になるよ」 「ははは。本当にそうだな」  彼は笑っていた。良かった。もう少ししたら部屋を出ないといけない。このまま彼と寛ぎたい気持ちはある。でも……。 「もう少ししたら、行くね」 「……………」    彼は無理に拵えたような笑顔で、無言で頷いていた。
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