健史の視界に映る仁美

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 仁美ちゃんを知ったのは、今から二年以上前になる。  最寄りのドラッグストアで買い物していたら、前方不注意だったのか、立ち止まって商品を選んでいた女の子にぶつかってしまった。彼女が手に持っていたであろうiPhoneは落下し、画面が派手に割れた。 「申し訳ありません。弁償します!」  彼女は驚きながらも、やや間があってからこう言った。 「……あ、あの、ま、前から……だいぶ前から割れていたんです。大丈夫です。気にしないでください」  そんなはずはない。仕事帰りなのか、きちっとした濃いめのグレーのスーツにトレンチコートを着ている。顔つきや髪型からもラフな雰囲気はしない。自分が公務員という職業柄、相手も堅い職業というのが分かる。割れたままで使わないだろう。補償に入ってたとしても無料では修理できない。だが、知らない男に連絡先を訊かれることがリスキーだと判断したのかもしれない。  迷いはあったものの、俺は引き下がった。 「そ、そうですか……。本当に申し訳ありません」  民間企業の営業のように気軽に名刺を渡すわけにもいかなかった。彼女はどうってことないように、俺に微笑んでから会釈をした後、ヒールの靴音をコツコツと小気味よく鳴らしてレジへ向かった。  それからしばらくして彼女をドラッグストアで見かけたが、覚えていないようで俺の前を素通りしていった。 (あの時のiPhone修理されましたか?それとも買い換えましたか?)  訊きたかったが、不気味に思われるかもしれないと思い、声をかけられなかった。  その一年後のクリスマスが近くなった頃、俺は悲劇の主人公になる。
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