健史の視界に映る仁美

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「どうぞ。全部お使い下さい」 「……えっ?あ……あ、どうも、ありがとうございます」  戸惑いながらも受け取り、ティッシュを出して鼻をかむ。気のせいかとても柔らかいティッシュだった。地獄に仏とはこのことか。  涙も拭いてから渡してくれた相手を見ると年は俺と同じくらいだった。親切な女の子だと感心していると、既視感があることに気づく。濃いグレーのスーツだ。コートは冬物で違うが、あのiPhoneの子だ。大袈裟かもしれないが、名前も知らない彼女が菩薩に見えた。彼女は俺の前の席に座っていた。自分の薬を受け取ると、再びこちらへ戻って来た。 「そのティッシュ、鼻だけセレブになれますよ」 「…………?」  そう言って柔らかい笑みを浮かべて去っていった。ティッシュには「鼻セレブと」書いてあった。俺はクスリと笑った。  久しぶりに温かい気持ちが心を占めた。
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