温泉で過ごすクリスマス

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「……なんか退屈だね」  出発から一時間経ち、予想通りほとんど会話をしないまま過ごしたことに対して、率直な気持ちを口に出してしまった。自分の言葉にハッとするも、遅かった。左隣の窓側の席に座っていた彼は私の言葉に反応した。黒目の大きな艶のある瞳で一瞥されてしまった。話を聞いていないこともあるのに、こんな時に限って聞いていたとは運が悪い。 「……うん。……色々ごめん」  旅行自体が退屈なわけじゃない。それに費用は全額彼が出してくれた。私が派遣社員だから気を遣ってくれたのだろう。失礼な物の言い方をしてしまった私が謝るべきだ。 「いや……謝らないで。健史くん、そういうわけじゃなくてさ……」  慌てて否定するも、健史はフッと残念そうな笑みを浮かべた後、何かを諦めたように一つため息を吐いてから、リュックから透明のケースを出した。イヤホンを取り出し、スマホで音楽を聴き始めた。偶々そこに居合わせた他人のような行動をとる彼に、付き合ってから初めて苛立ちを感じてしまった。端正な顔立ちが冷たい彫刻のように見えた。
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