温泉で過ごすクリスマス

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 仁美こと、田端仁美がマッチングアプリに登録したきっかけは、今年の夏に勤めていた財団法人を退職したことだった。退職理由は、一身上の都合にしてあるが、本当はパワハラだった。  直属の上司であった係長が異動してきた一年前から、体調が優れない日が増えた。係長は仁美と同期だった。部署が違ったため親しくはなかったが交流はあり、飲みに行ったこともあった。出世欲があり、ガツガツ仕事をする仕事命の男というのは知っていたが、まさか自分が目の敵にされるとは思ってなかった。  Teamsのグループチャットでは、係長の投稿は深夜早朝かかわらずあった。それに対して出勤前に反応しておかないと詰られる。残業は副主任の自分だけ毎日にするよう命じられる。月間四十時間を超えると産業医との面談になるが、ぎりきり超えない範囲で強制されるようになった。意味の分からない叱責が多くなった。同期だけに少しは戦ってみたが歯が立たない。もう少し頑張れば主任のポストが待っていたが、夏のある日、昼休憩で高層ビルにある空中ガーデンで花を見ていたら、よからぬ気持ちが湧いてきた。  心療内科へ行き、医師と話すと涙が止め処なく溢れた。休職を勧められたが、係長は同期だから今は逃げられても、後々顔をつき合わせることになる。二度と関わりたくなくて退職を決意した。  幸い鬱病にはならず、退職してゆっくりしていると気分は落ち着いた。念願だったヨーロッパ旅行へ友達と行き、ジムへ通い、マッチングアプリへ登録した。  プロフィールの職業欄を家事手伝いにしないために、派遣会社へ登録をした。派遣先では事務の仕事をしている。誰にでも出来る簡単な仕事で、やり甲斐は無い。来年の年収は二百万下がる見込みだ。でも後悔していなかった。これが生存戦略だと仁美は思うようにした。
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