温泉で過ごすクリスマス

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   昼頃出発したバスは変わり映えのしない雪景色をただひたすら走る。除雪がままならない路は、時おりドスンドスンと突き上げるように車体を揺らす。バスは半分ほど席が埋まっていた。大きく揺れる度に子供や年配の人らしき女性からの小さな悲鳴があがる。  健史は相変わらず音楽を聴きながら、車体の揺れとは無関係な空間に滞在しているかのように、窓の外を眺めていた。動画を観て暇を潰そうかと思ったが、手元にあるiPhoneの電波は圏外になっていた。ミステリー小説の文庫本を一冊鞄の中に入れているが、こうも振動があっては読めない。何もすることがない。眠気が襲ってきた。自然の欲求に従い瞼を閉じた。    まどろみの中から戻ってきた時は、出発から三時間経っていた。 「……ふあぁ……ん?」  身体の左側が拘束されているような感覚を覚える。左手が握られていた。身体には彼が着ていた裏地がモコモコのグレーのパーカーがかけられていた。健史は白の長袖のTシャツで眠っている。私を大切に思ってくれていることが分かった。その気持ちだけで十分だ。伏せた長い睫毛と通った鼻筋に見惚れながら、パーカーを脱ぎ、彼にかける。  苛立ちがスーッと雪の中に消えていった。
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