ハプニング

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   「相馬様 御一行」  ようやく着いたホテルの入口には歓迎板があった。仁美は気恥ずかしさからむず痒くなってしまった。まるで子連れファミリーか熟年夫婦を思わせるような迎えられ方に思えてしまったからだ。健史は顔色を変えていない。何とも思わないのだろうか。  ふと、彼は結婚についてはどう考えているだろうと気になった。婚活のマッチングアプリで知りあったから、全く考えていないと言われると困るが、急かしてはウザがられてしまう。でも近いうちに話をしたい。  他の歓迎板を確認すると、一組だけあった。客室数が四十ほどある中規模ホテルで今夜はたった二組しか泊まらないということになる。これでは大赤字だろう。産まれた時からずっと北海道に住んでいるが、毎年降る大雪は人々の生活を一変させる災害だとつくづく思う。もう一組はどこから来るのだろうか。  二人とも喉が渇いていたので、チェックインを済ませるとロビーでホットコーヒーを注文した。フロントの方を見るとスーツケースとボストンバックを持った若い女性がいた。彼女がもう一組の客のうちの一人なのだろう。 「静かでいいね」  バスの中では失敗したから、話かける言葉を慎重に選んだ。コーヒーカップに口をつける。 「……うん、静か過ぎるぐらいだけどね」  そう言って彼はロビーの中央にある大きなクリスマスツリーに視線を移す。赤や緑の電飾がピカピカと明滅していた。健史が今、この瞬間に何に思いを馳せているのか気になった。かつての恋人と過ごした忘れられないクリスマスがあるのだろうか。想像すると、胸の奥が針で突かれたような痛みを感じる。    私は彼の過去に勝手に嫉妬するほど、好きになっていたようだ。
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