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「そうでしたか。……けれどその日がオレーリア様の生まれた大事な日に変わりはありません。私から贈ってもよろしいでしょうか?」
去年だったら飛び上がるほど嬉しくて、口元がニヤけていたわ。去年もお祝いをすると言って、結局、魔物の討伐で遠征に出て当日祝われることも、贈物も届かなかった。でもあれはしょうがないと思っていた自分を思い出す。
優しい記憶、穏やかな三年間?
思い返せば、姉がいなくなって少しだけマシになっただけ。それをさも幸せだと、そう思おうとした。
我慢して、なんて──愚かだったのだろう。
「いいえ。その必要はありませんわ」
「え」
泣きそうなのをグッと堪えて、口を開く。喉がカラカラで上手く声が出るか不安だけれど、言わないと。
「十八歳の誕生日の日、私は魔法塔のある空中都市に移住するつもりなのです。だから……」
『私と一緒に逃げてくれませんか?』
なんて少し前までは考えていた。望みは薄いけれど、もし本当に愛してくれているのなら……そう一縷の望みを持っていた。でも姉との抱擁を見たら、そんな言葉は引っ込んでしまった。
「オレーリ──」
「アシュトン様、婚約解消しましょう。……面倒なことや悪役が必要でしたら、私の名前を出して構いません。どうせ何もしなくても、私が悪いことになっているのですから」
アシュトン様は固まったまま。困った顔も、驚いた顔もしていない。
ただ無表情で、瞬き一つしていなかった。
「これも明日お話しする予定でした。姉も戻って来た今、私がいると迷惑だという者たちも増えてきますし、また三年前の日々に戻るのは御免なのです」
「…………」
「私にとってアシュトン様が初恋でした。形だけの婚約者でしたが、淡い夢を見せてくださってありがとうございました。もう会うこともないと思いますが、姉とお幸せに」
言いたいことは、全部言えた。
言ってやったという満足感のまま、返事も待たずに席を立とうとした時、腕を掴まれ引き寄せられた。気付けばアシュトン様に抱きしめられている。ぎゅうぎゅうに、もみくちゃにされるような酷い抱擁だ。
「痛っ、ぷはっ、な」
「────だ。そんなの、それなら、私は──に」
酷く取り乱したアシュトン様の言葉は途切れ途切れで、私に向けて語っているというよりは、自分に言い聞かせているようだった。
悲痛で、震えた声。
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