第一夜

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雅人と付き合っていた頃は、いつも不安と孤独の中にいて、一人の夜、よく泣いていた。 雅人のくれる多くの言葉を空の器のように感じて、いちいち言葉の裏にある意味を疑ってばかりいた気がする。 目を開けた時、柴田がキッチンでコップにペットボトルから水を注いで飲む後ろ姿が見えた。 すごく長い時間眠ったような気がしたが、まだカーテンの外は暗い。 ベッドに戻ってきた柴田が再び横たわるのを待って、美和は手を伸ばして彼の体に手を回した。 「ごめん、起こしちゃった?」 「ううん、ちょうど目が覚めただけ」 美和は柴田の胸に顔を押しあてた。 柴田の手がやわらかく美和の体を包み込むように抱く。 この手の感じが、とても心地いい。 大切なものとして丁寧に触れてくれることが伝わる。 彼の腕の中で感じる温度が、自分の中でエネルギーに変わっていく。 温かさと力強さで満たされて、すべて大丈夫、と思える。 もしかしたら。 あの頃雅人がくれた言葉も、気持ちが伴っていないと美和が感じてしまっただけで、本当は彼も本心から言っていたのかもしれない。 それに、美和自身が彼に本心や想いを伝えたり、本当はどうしたいのかを話すことも充分ではなかったと思う。 いいとか悪いとかでもなく、ほしいもの、与えたいもの、好み、その時の気持ちや状況、考え方、感じ方、バランスやタイミング……、二人の間でそうしたものが必要な時にうまく一致したかどうか。 あえてあの頃と今を比べるのなら、その違いなのだと、美和は思った。 何か一つでもすれ違ったら、今のこの関係はなかった。 今、こうしていること自体が奇跡だ。 「柴田くん」 名前を呼ばれて、柴田は腕の中の美和を見る。 美和は、まだ眠たそうな顔を上げて微笑んだ。 「一緒にいてくれて、ありがと」 「うん」 暗い中でもわかるくらいに柴田は顔を赤くして、ぎゅ、と手に力を込めた。 こんなに居心地のいいところを簡単に手放したくない、と美和はぼんやりした頭で思う。 先のことを望んで、過度に期待して、結果傷つくのはもう嫌だと思っていた。好きになればなるほど、傷は深くなるから。 でも。もしかしたら。 もう少し欲張って「ずっとここにいたい」と願ってもいいのかな。 今はちょっとだけ、期待してみたい気分だった。少し先の未来を。
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