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あの頃。二十三歳の私は啓祐を愛していた。それは紛れもない事実。幸せなことより辛いことの方が多かったけれど、それでも私の気持ちに嘘は無かった。今も後悔はしてない。
どうしたんだろう。もう思い出すこともなかったのに。気持ちの整理も出来てるのに。
マリッジブルー? シュウとの結婚に迷いはないのに何故だろう。
眠ってるシュウの顔を見た。ずっと一緒だよね。シュウと一緒に居ると笑顔になれる。幸せだと感じられる。
「う~ん……」
シュウが目を覚ました。
「大丈夫? 寒くない?」
「いつの間に寝ちゃったんだろう」
「気持ち良さそうに眠ってたわよ」
「そうか? あぁ毛布、ありがとう」
「お水持って来ようか?」
と立ち上がったら
「はい。お水」
母が持って来てくれていた。
「ありがとうございます」
お水を飲み干してシュウが言った。
「あぁ、美味い」
と満足そう。
「飲み過ぎた? ずいぶんとお酒、進んでたみたいだけど」
「お父さんが勧め上手なんだよ。料理もとても美味しかったし」
「そう言ってもらえると嬉しいけどね。ねぇお母さん」
と言うと母は笑顔だった。
「ここからの眺めも最高ですね。お庭、素敵です」
「散歩してみる? あぁでも寒いかな。お酒、醒める時って寒いでしょう? 風邪ひいたりしたら大変だから」
「大丈夫だよ。庭、散歩したいな。ちゃんとコート着てれば平気だよ」
「じゃあ、行く?」
二人でコートを着込んで庭の散策に出た。
「本当に綺麗にしてあるな。洋風の庭も好きだけど純和風も憧れるな」
「私にとっては遊び場だったけどね。ここでよく、おままごとしたなぁ」
御影石のテーブルとイスのセットに腰掛けて
「一人で?」
「一人じゃ出来ないでしょう? 近所の幼なじみとね」
「それって男の子?」
「男の子も女の子も居たわよ。近所に同じ歳くらいの子がたくさん居たの」
「ふ~ん。そうなんだ」
「なに? シュウってヤキモチ妬いてくれてるの?」
「妬く訳ないだろう。寧々はもう僕のものなんだから」
「ねぇ、シュウって意外と亭主関白に憧れてたりする?」
「そんなことないよ。理解のある旦那になりたいって思ってるけど」
「けど……?」
首を傾げてシュウの顔を上目遣いに見た。
「寧々、その顔は反則。そんな顔されたら何でも言う事、聞いちゃいそうだよ」
「本当に? やった~っ。じゃあね……」
「何か欲しい物でもあるのか?」
「う~ん……。特にないけど……」
「何だ。あぁ寧々、今夜ここに泊めて貰おうかと思ってるんだけど構わないのかな。ご好意に甘えても。しばらくは実家に泊まるなんて事も出来なくなるから、どう思う?」
「うん。まだしなければならない事はたくさんあるけど……。簡単には帰って来られないのよね。シュウはいいの ?」
「僕は構わないよ。寧々のご両親に初めての親孝行かな? お父さん、お母さんと川の字で寝たら?」
「えっ? 今更恥ずかしいよ。そんなの……」
「寧々は十八歳で家を出たんだろう。一人娘なのに、きっと寂しかったと思うよ。お父さんもお母さんも、わざわざ言わないだろうけどな」
「そうよね。私すごく親不孝して来たんだよね。卒業しても帰って来なかったし、結婚するって決まったら今度はシンガポールへ行っちゃうんだもんね」
「ずっといつまでも傍に置いておきたいくらい大切に思ってくれてるはずだよ。でも我慢してくれてると思う。寧々の幸せを一番に考えてくれてるから、僕たちの事も気持ち良く許してくれた。感謝しないとな」
「うん。そうだね。シュウありがとう」
「大事な一人娘をいただいてしまう訳だし、親って大変なんだと思うよ。せめて一泊くらいはして傍に居たら少しは喜んで貰えるのかなって」
「じゃあ、今夜は川の字で寝ようかな。シュウは一人で寝てね」
「今夜くらい我慢するよ。その後は寧々をさらって行く訳だし」
「本当に寂しくない?」
「何年も会えなくなるご両親に比べたら、どうって事ないよ」
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