騒がしい懇親会

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騒がしい懇親会

5月。大学のキャンパスは夕暮れ時の柔らかな光に包まれていた。 講義の終わりを告げるチャイムが鳴り響き、学生達はそれぞれの足取りで歩き 出す。 今日はゼミの懇親会が行われる日だ。 陽凪(ひなぎ)は手早く荷物を片付けると、軽めのリュックを背負って教室から飛び出す。 「ひなぎ〜?もう行くのー!?」 「すまーん!今日ゼミの懇親会なんだわ!お先しつれーいっ」 「も〜、次はうちらと駅前のカフェ行くからね!」 「はいはーい!」 友人達の不満げな声をバックに、小走りで懇親会の会場に向かう。 会場といっても、ただの飲み屋だけれど。 飲み屋に着いて、店員に一言だけ声をかけてから、ゼミの面々を探す。 「あ、織部(おりべ)さーん!」 「織部さん、こっちこっち!」 呼ばれた方を向けば、十数人の大学生が陽凪の方を向いて手招きしていた。 三、四年生の先輩と、同級生、そして一年生の後輩達だ。 全員、陽凪が所属するゼミの仲間である。 皆んなが、陽凪の方を向いていた。 「すみませーん!遅れましたああ!」 「いーのいーの!大丈夫!」 「陽凪先輩、お疲れ様です」 「ほんますんません!ありがとね(かけい)くん」 「いえいえ」 、純粋無垢を感じさせる明るい笑顔で挨拶をする。 全員、陽凪が活発で元気な子だと確信して疑わない。 このキャラのおかげで、今年入ってきたばかりの新入生全員に顔と名前を完璧に覚えられている。ゼミの先輩達は、名前どころか顔すら覚えられていない人達も、そこそこいるというのに。 「さてと…」 一通り挨拶を済ませた陽凪は、席を見渡した。 少し遅れて来たためか、座れそうなスペースは限られている。 一つの席に目を留めた陽凪は、ゆっくりと足を動かした。 一番端のテーブルの、そのまた一番端の席。 ひとつだけポツンと空いた席の隣に、男子学生が座っている。 「隣、ええかな?」陽凪が明るい声で話しかける。 男子学生は一瞬驚いたように顔を上げたが、すぐに頷いた。「どうぞ」 陽凪はニッコリ「ありがとなあ〜」と笑いかけた。 が、男子学生は「ん」と返事かわからない声を出してすぐに視線を下に戻した。 陽凪は少し不満に思った。 陽凪が笑いかければ、大抵の人が笑い返してくれる。 人と仲良くなることに関しては大きな自信を持っている。 どうしてそんなにつまらなそうなの。 慣れない反応に内心焦りや戸惑いもあったが、それは全く表に出さず、ずっとニコニコ微笑んでいた。 「今日は楽しもうな!!」 「はい」 淡々と返す男子学生に、陽凪は(どうにかしてでも笑顔を引き出してやる…)と、対抗心のような、わからないけれど、心の底で燃えるような感覚を覚えていた。 男子学生は、何やら決意したようなオーラを出す陽凪を、不思議そうに見ていた。
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